タヌキおやじの日々の生活     

近藤好和「弓矢と刀剣―中世合戦の実像」を読破!!


平安時代から鎌倉時代ぐらいにかけての日本の武器について考察した本。

内容の紹介(カバーより引用)
『近代兵器が登場するまで、日本の武器の主流は刀だと誤診している人が多い。
しかし中世の戦においては弓矢が主な武器で、鎧や兜はそれへの備えを第一に作られていた。
豊富な実物調査をもとに源平合戦の具体像を読み解く。』

目次
日本の武器の実像―序にかえて
日本中世の武器と武具
 武器・武具の種類
 防御具
 攻撃具
 馬具と馬
治承・寿永期以前の弓箭と刀剣
 源宛と平良文の合戦
 さまざまな合戦
 『今昔物語集』にみえる弓箭と刀剣
治承・寿永期の弓箭と刀剣
 治承・寿永期の戦闘研究の現状
 真光故実の再検討
 馬静止の騎射
 騎射の変質と遺品
 打物戦
 組討戦
あとがき

日本刀が日本の合戦において主要な武器ではなかったというのは通説通りである。
そして、日本の刀が湾曲するようになったのは、騎馬武者が刀で敵を斬撃するときのために最適化したものであると見方が大勢であるが、著者は疑問を呈している。
なぜかというと、平安後期から鎌倉まで、騎馬武者は、騎射による戦いをメインとしていたからである。
そのため、騎馬武者によって刀はあまり使われなかったので、上記の説は成り立たないとする。
しかし、管理人からすると、武者が所有する矢の数は、限られているし、結局、矢が尽きたら、刀を使わなければならないわけで、当然、最終的には、刀を使ったのではないかと思うのだが、実情は不明である。
ただ、古来から現代にいたるまで、接近戦というのは、戦闘のごく一部であり、ほとんどは、飛び道具による戦いであったとするのが通説らしく、どの本にも同じように書かれている。
人間の心理として、接近戦なんてやりたくないわけである。
できるならば、遠距離から楽して敵を倒したいと。。。。
あとは、平安・鎌倉の武具について詳細に説明がされている。
鎌倉武士に興味がある方は面白く読めるのかと思う。

自分の評価
★★★☆☆55点

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トマス・D・コンラン「図説戦国時代 武器・防具・戦術百科」を読破!!


トマス・D・コンラン氏は、アメリカの大学で教鞭を取られている方で、専攻はアジア研究だそうな。
欧米の方が書かれた日本の歴史ということで、どのように書かれているのか気になったのだが、かなり客観的な記述になっていると感じた。
大方、管理人が知っている知識ばかりであったが、大砲に関する記載は、例外で一見の価値があった。

目次
序章
第一章 騎馬武者
第二章 散兵
第三章 槍兵
第四章 武将
第五章 火器
第六章 大砲

どうも日本人の研究者が戦国時代について書くと、軍事学的な視点が欠けがちである。
その点、コンラン氏の著作は、槍兵、騎兵、弓兵、鉄砲兵と明確に区分して軍事学に則って記載している。
日本の騎馬武者は、その馬が小型であったために、騎兵突撃ができなかったという説があるが、コンラン氏もそれを支持している。
このことについては、今後、論争が続くのであろう。
戦国時代までは、散兵戦術と言って、騎馬武者対騎馬武者、個人対個人の戦術が多かった。
しかし、戦国時代には、集団戦になり、兵科が槍兵、弓兵、騎馬兵、鉄砲兵に組織化されていった。
織田・徳川連合軍が長篠の合戦で武田に勝利したのは、鉄砲を大量に使用したというより、集中して使ったことと、弾と火薬を大量に使用できたことにあるらしい。
というのは、武田もそれなりに鉄砲を装備しているからだ。
武田方も単に織田・徳川の野戦陣地に対して突っ込んでいった訳ではないらしい。
武田方の鉄砲で陣地側を撃って、鉄砲戦をやったり、熊手みたいなもので柵を倒そうとしたりしたと。。。。
しかし、織田・徳川方もそれをさせないために、鉄砲兵を槍兵と弓兵で守ったので、最終的には織田・徳川方の勝利となった。
結局、武田方の重臣たちが戦死したり、戦死者が多くでたのは、退却戦の時であった。
面白いのは、日本における火縄銃の改良は、その命中率をあげることに注がれたということである。
対して、ヨーロッパでは、発射速度を上げることにその労力が注がれたとコンラン氏は述べている。
日本においては、物資が少なかったので、自然、命中率を上げて、物資が欠乏するのを防ごうとしたのであろう。
ヨーロッパでは、物資が豊富であったので、発射速度を上げることに集中したと。。。
この傾向は、のちの太平洋戦争でも同じであり、日本とヨーロッパの考え方の違いということで興味深い。
最後は、戦国時代における大砲の使用である。
西国、特に九州においては、大砲はかなり昔から使われていたらしい。
城攻めの時に使用したらしい。
しかし、10門以上を本格的に集中的に使用したのは、徳川家康による大坂冬の陣がはじめであった。
本格的な大砲戦が行われるようになる前に戦国時代が終わってしまったと言ってよいであろう。


自分の評価
★★★★☆75点

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岡部ださく「世界の駄っ作機―番外編2・蛇の目の花園」を読破!!


まあ、いろいろな機種の飛行機をみるのは楽しいなあと。。。。

目次
序 岡部さんにお会いしたとき、おもわず記念撮影をお願いした。
大人を子供に引き戻す、そんな魔法を使える人である 長谷川勝人
JM001 スウィング・ウイング・ギグ BAC可変翼ライトニング
JM002 スウィング・ウイングス・スウェプト・アウェイ ジェネラル・ダイナミックスF-111K
JM003 デザート・ストーム・ヴァンキッシャー BACヴァンキッシャーGR3(S)
JM004 フラッシュ―リヴェッティド・スピットファイア スーパーマリン タイプ366スピットファイアF.XⅡ
JM005 やっぱりストップギャップはRAFの友 スーパーマリン タイプ361スピットファイアF.IⅩ
JM006 一生懸命やったのにぃ スーパーマリン タイプ324/325、タイプ327
JM007 ハート一族の末裔はトロイア一の勇士 ホーカー・ヘクター
JM008 英国空軍に銀翼は似合わないのですか? ホーカー・フューリー
JM009 生真面目って罪なのでしょうか? フィンランド空軍のハリケーン
JM010 ブリーナム・チャンバー・バーニング!(強そう) ホーカー・シドレーP.1154
JM011 西国謹製艦上攻撃機 ウェストランドM148T
JM012 国王陛下の隠密将軍 ウェストランド・ライサンダー
JM013 坤風、英国を助く テイラークラフト オースターAOP
JM014 アニー、セット・ユア・ガン・ターレット アヴロ・アンソン
JM015 ボンベイの不思議なボム・ベイ ブリストル・ボンベイ
JM016 意外に活躍ボーフォート ブリストル・ボーフォート
JM017 ブリストル146、その薄幸なる生涯 ブリストル タイプ146
JM018 グロスターシアはグロスターの旧名 グロスターシア・ゲームコック
JM019 ブリストルに出し抜かれちゃった グロスターF.9/37
JM020 未来派蛇の目の真実~ボールトン・ポールの挑戦 ボールトン・ポールP.99/100
JM021 モッシー変じてツェツェと成る デハヴィランド・モスキートF.B ⅩⅧ
JM022 木金混合機、極東で一刺しならず デハヴィランド・シーホーネット
JM023 ”銀翼”ってカッコいいことの比喩でしたよね A.W.35 シミター
JM024 いや、あなたのお陰だ。ミセス・ハドソン ロッキード・ハドソン
JM025 白い要塞、黒い要塞、爆撃機じゃなーい ボーイングB-17フォートレス
JM026 小器用、パンドラ、タービンライト ダグラス・ハヴォック
JM027 ニャンコよりもウミドリがお好きですか? グラマン・マートレット
JM028 使い道がなければ押し付けちゃえ カーチス・モホーク
JM029 使い道がなければこれも押し付けちゃえ ノースロップ・ノ―マッド
JM030 ワーオ、ウィンピー、なんてこったい! ヴィッカース―アームストロング・ウェリントン
JM031 日本を襲ったかも知れない暴風雨 英連邦対日航空攻撃部隊”タイガー・フォース”
JM032 リポンって、地名なんですって? ブラックバーン・リポン

岡部氏が英国機が好きとのことで、英国機が非常に多く取り上げられている。
イギリス人は、あるものをうまく改良して使って行くのがうまいなあと感じる。
そのたびに、すべて一から作って新機種を開発する日本人とは少々異なるかもしれない。
そんなわけで、ゼロ戦が11型から54型までそんなに性能とか形状が変わらないのに対して、スピットファイアなんかでは、はじめの型と最終型では別機種と言ってよいほど異なる。
そういう理由で、イギリスであると、同じ飛行機の派生がたくさんあるのに対して、日本だと、全く異なる飛行機がたくさん開発されるという結果になった。
どちらがよいかは一概に言えないが、これも国民性だろう。

自分の評価
★★★☆☆55点

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平山優「検証長篠合戦」を読破!!


長篠合戦を検証した本。
最近、火縄銃の三段撃ちというのは、否定されているが、さまざまな説が出て面白い長篠合戦。

内容の紹介(カバー裏面より引用)
『武田騎馬軍団を、
織田・徳川の三千挺の鉄砲隊が
三段撃ちで撃破。
近年、その通説が揺らいでいる。
両軍の鉄砲装備、武田騎馬衆の運用、
兵農分離軍隊の実態など、
合戦の諸問題を徹底検証。
長篠合戦の真相に迫る話題作。』

目次
長篠合戦をめぐる諸問題―プロローグ
長篠合戦をめぐる史料
 信憑性を認められた史料
 評価の揺れ動く史料
織田・武田両氏の鉄砲装備
 織田信長と鉄砲
 武田氏と鉄砲
武田氏の騎馬衆と両軍の陣城
 戦国の騎馬と武田氏
 陣城と馬防柵
長篠合戦を戦った軍勢
 戦国の軍隊と合戦
 武田軍における高名と名誉
長篠合戦像の空白は埋められるか―エピローグ
あとがき

信長公記の記述が正確であるというのは、ほとんどすべての研究者で一致している。
しかし、信長公記は、戦術などの記述が薄く、その点、参考になるところが少ないらしい。
一方、甲陽軍鑑は、間違った記述が多く、史料的価値が少ないとされていたが、最近は、その誤りを踏まえたうえでの史料的価値が再評価されている。
それや、現在残っている合戦場の遺構などを総合的に考慮して検証しなおしている。
平山氏によると、鉄砲装備という点では、武田軍も織田軍もそれほどは変わらなかったとする。
ただ、武田方は、鉄砲の入手や、それに伴って必要になる火薬や鉛の入手に苦労していたらしい。
織田方が、堺や国友から鉄砲、弾薬を入手できたのに対して、武田方は、そのような大量に仕入れることができる入手経路をもっていなかったからだ。
そのため、長篠合戦では、撃ち合いを続けることができなかったと述べている。
これには、資源を多く持ったほうが長期的には有利に戦争を進めることができるという総力戦の萌芽をみることができるように感じる。
甲陽軍鑑によると、武田方は、野戦築城による陣城を攻めるという印象を受けたらしい。
平山氏によると、野戦築城というほどのものではなくて、柵と地形をうまく組み合わせて、武田方からは見えないように工夫したものであると述べている。
武田方も、やみくもに突入を繰り返したわけではなくて、熊手で柵を倒そうとしたり、鉄砲で撃ち合いをしようとしたりと、いろいろと工夫をしたらしい。
この合戦では、武田氏の歴戦の重臣たちがかなり戦死しているのだが、これは、退却の時に討ち死にしたものと推定されるらしい。
柵からは少し離れたところで戦死しているためとのことである。
織田方の利点が、鉄砲の集中使用であったとすると、武田方の利点は、騎馬であった。
以前読んだ本では、戦国時代の騎馬というのは、騎兵突撃ができなかったと書いてあったが、平山氏はそのようなことはないと述べている。
参考 鈴木眞哉「鉄砲隊と騎馬軍団―真説・長篠合戦」

宣教師の残した手記では、日本の騎馬武者は、戦うときは下馬して戦うとあったそうだが、東日本では、数多く騎馬突撃がされていると述べている。
ただ、西欧と比べて、騎馬突撃がしにくい状況であったのは確かなのかと思う。
そのようなわけで、戦闘の帰趨を決めたのは、鉛玉と火薬を多量に入手することができたということと、長篠城を攻略して、武田方の選択肢がなくなったこと、柵を含む陣地状のものに武田方を誘引したことと氏は述べている。
この合戦の後、武田勝頼は、鉄砲と鉛玉と火薬の入手に力を入れるようになる。
長篠合戦において、武田方が、鉄砲に関しては物資不足であったとの証拠であろう。

自分の評価
★★★★☆75点

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岡部ださく「世界の駄っ作機6」を読破!!


世界の駄っ作機の6巻。
ベストセラーになっているようだ。
駄作機を取り上げたというのが受けたらしい。

目次
駄っ作機の塗装とマーキング 二宮茂樹
序 駄っ作機と傑作機 由良拓也
File No.01 滑走路をやったぐらいで! シュド・エストSE5000/5003バルードゥール
File No.02 知られざる小さなキワモノ モスカレフSAM-13
File No.03 さあ、どうしたもんでヒョウ? グラマンXF10F-1ジャガー(前編)
File No.04 こんなはずではなかったんジャガー グラマンXF10F-1ジャガー(後編)
File No.05 こんな飛行機で何をしろと? ANF-レ・ミュロー115/117
File No.06 下手の横好き/爆撃機編 カプロニ・ベルガマスキCa135
File No.07 空気はタダだから ロッキードXV-4Aハミングバード
File No.08 取らぬ推力の皮算用 ノースアメリカン・ロックウェルXFV-12A(前編)
File No.09 垂直にも水平にも飛ばずじまい ノーズアメリカン・ロックウェルXFV-12A(後編)
File No.10 父ちゃん、パクってきたぜ ヤコヴレフYak-28-64
File No.11 デハヴィランドのくせして デハヴィランドDH93ドン
File No.12 練習にもなりゃしない フリート60Kフォート
File No.13 日本の飛行艇のくせに 愛知2式練習飛行艇H9A
File No.14 何を熱くなっているんだ!? フォッカーXA-7
File No.15 設計者、出て来ーい! フェアチャイルド・カナダ45-80セカニ
File No.16 す、すいません、降ろして下さい ノースロップYC-125レイダー
File No.17 ガタガタでブルブルでヘナヘナ ブレゲー41
File No.18 もとは傑作機だったんだけどなあ コンソリデーテッド・リベレーターライナー
File No.19 ウミネコなのに、ラクダだとかウマだとか ショート・シーミュー
File No.20 ちょっとだけフライングのダッチマン コールホーフェンFK55
File No.21 小さかったけど遅かった ボロフコフーフロロフI-207
File No.22 夢のオール電化生活 フォッケウルフFw191
File No.23 ハリアーは力不足 ホーカー・ハリアー
File No.24 会社が小さいばっかりに SIPA 1100
File No.25 みんな、大っ嫌い ボールトン・ポールP32
File No.26 後退翼、前進せず イリューシンIl-30
File No.27 沈まなくって大成功 ホール・アルミニウムXFH-1
File No.28 太平洋以前の問題 ロッキード・エクスプローラー
File No.29 凡庸への長い道 カーチスXP-60(前編)
File No.30 凡庸の中の迷路 カーチスXP-60(中編)
File No.31 凡庸の行きつく先 カーチスXP-60(後編)
File No.32 秀才の不得意科目 グロスターTC33
File No.33 そもそも汲めない柄杓 ロッキード・ビッグディッパー
File No.34 行き場のない気合い ダグラス・クラウドスターⅡ
File No.35 作ると売るとは大違い マクダネル199

カーチスP-40ウォーホークというのは、ゼロ戦の相手として有名な戦闘機だが、これには後継機があった。
XP-60である。
これも、紆余屈折を経たものの結局は、P-47やP-51のほうがよかったので、正式採用されなかったということであった。
一連の失敗は、カーチス社の没落の原因になったであろうことは疑いがない。
また、日本海軍は、練習飛行艇なる機種を作っていたと。。。。
世界でも飛行艇の練習機を作ったのは、日本ぐらいであろう。
数限りある資源をかなり無駄遣いしているような気がするが、そこらへんに凝るのが日本的ともいえる。
駄作機の数だけ、失敗談があると。。。w

自分の評価
★★★☆☆55点

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プロフィール

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Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
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