タヌキおやじの日々の生活 関東の城     

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城郭シリーズ第380弾『忍城(その2)』

続百名城のスタンプを貰いに忍城へ。
二回目の登城である。

忍城の想像復元図。
忍城 000-1

現在の忍城址の地図。本丸の土塁が一部残る。
四角形の区画の右側の土塁が残存している。
忍城 000-2
忍城 000-3

地図中の①の場所。本丸の土塁である。地図参照。
忍城 001-1
忍城 001-2

地図中の②の場所。
忍城 002-1
忍城 002-2

地図中の③の場所。伝進修館表門。
忍城 003

地図中の④の場所。模擬御三階櫓。
忍城 004-1
忍城 004-2

感想
以前来たときは、本丸の土塁までは見なかったが、注意してみると本丸の土塁遺構は半分くらい残っているのがわかる。
館林城と似ていると感じた。
市街地化で消失した部分が多いが、北条征伐で最後まで落ちなかった城ということで有名な城でもある。

関連記事
城郭シリーズ第11弾『忍城(その1)』
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城郭シリーズ第379弾『大多喜城(その2)』

城郭シリーズ第378弾『大多喜城(その1)』の続き。

地図中の⑤の場所。本丸への登り路。
大多喜城 005

本丸にある模擬天守閣。地図中の⑥の場所。
大多喜城 006-1
大多喜城 006-2

模擬天守閣内の博物館にあったジオラマ。
かつてはこうであったと。
大多喜城 007-1
大多喜城 007-2
大多喜城 007-3
大多喜城 007-4

本丸の土塁。地図中の⑧の場所。
大多喜城 008-1

本丸北側。
大多喜城 008-2

北側の郭にあった鐘楼。
大多喜城 009

感想
二の丸が高校内にあったので入りづらかった。
高校生が運動とかしている中でカメラもった中年オヤジが写真撮るのは気が引ける。
薬医門と井戸を撮ってそうそうに本丸の方に移動したのであった。
これもどういった基準で続百名城に選ばれたかわからんが、政治力学みたいのがあるんだろか。

関連記事
城郭シリーズ第378弾『大多喜城(その1)』
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城郭シリーズ第378弾『大多喜城(その1)』

アクセスがわるかった。
千葉県、大多喜城址である。
本多忠勝が城主であったことで有名である。
その前の城主であった真里谷氏とか正木氏はかなりローカルであろう。
正木氏の主である里見氏は南総里見八犬伝とかで比較的有名かもしれない。

大多喜城れきしまとめ。

1521年(大永元年)、真里谷信清が「小田喜城」として築いたのがはじまりとされる。
1544年(天文13年)、信清の後を継いだ真里谷朝信は、里見氏の武将正木時茂によって城を奪われ、以後、正木時茂・信茂・憲時の3代に渡って正木氏が支配して、上総国東部支配の拠点とされた。
1590年(天正18年)、里見氏が惣無事令違反を理由に上総国を没収されると、同国は徳川家康に与えられ、その配下の勇将・本多忠勝が城主となり、大多喜藩10万石が成立した。
忠勝は里見氏の北上を防止するために突貫工事を行い、3層4階の天守を持つ近世城郭へと大改築を行い、ふもとに城下町の建設を行った。これが今日の大多喜城である。
1619年(元和5年)9月、藩主阿部正次の転封により大多喜藩は一時的に廃藩となったため、城は荒廃した。
1671年(寛文11年)12月、阿部正春が1万6000石で入城するが、大多喜城は荒廃したままであったようだ。
明治3年12月、城は取り壊され、その後本丸も削平された。

大多喜城縄張り。
大多喜城 000-0
大多喜城 000-1
大多喜城 000-2

地図中の①の場所。大手門跡。今は何もなし。
大多喜城 001

地図中の②の場所。二の丸への入り口。
大多喜城 002

地図中の③の場所。かつては二の丸御殿薬医門であったらしい。。
大多喜城 003-1
大多喜城 003-2
大多喜城 003-3

二の丸から見た本丸。
大多喜城 004-1

二の丸の大井戸。
大多喜城 004-2
その2に続く。

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城郭シリーズ第375弾『本佐倉城(その3)』

城郭シリーズ第374弾『本佐倉城(その2)』の続き。

地図中の⑥の場所。城山郭。
本佐倉城 006-1
本佐倉城 006-2
本佐倉城 006-3

城山郭への虎口。
本佐倉城 006-4

奥の山郭への虎口。
本佐倉城 007-1
本佐倉城 007-2
本佐倉城 007-3
本佐倉城 007-4
本佐倉城 007-5

地図中の⑧の場所。倉跡。
本佐倉城 008

感想
佐倉城とは違って技巧的な縄張りではない。
藪が多くて大変であった。
田園風景が美しかった。

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城郭シリーズ第373弾『本佐倉城(その1)』
城郭シリーズ第374弾『本佐倉城(その2)』
城郭シリーズ第375弾『本佐倉城(その3)』
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城郭シリーズ第374弾『本佐倉城(その2)』

城郭シリーズ第373弾『本佐倉城(その1)』の続き。

地図中の③の場所。虎口。
本佐倉城 003-1
本佐倉城 003-2
本佐倉城 003-3
本佐倉城 003-5

地図中の④の場所。Ⅳ郭。
本佐倉城 004-1
本佐倉城 004-2
本佐倉城 004-3
本佐倉城 004-4

地図中の⑤の場所。奥ノ山郭と城山郭の間。
本佐倉城 005-1
本佐倉城 005-2
その3に続く。

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Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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