タヌキおやじの日々の生活 四国の城     

城郭シリーズ第388弾『河後森城(その3)』

城郭シリーズ第387弾『河後森城(その2)』のつづき。

本郭から城下の眺望である。絶景であった。地図参照。
河後森城005-06

東第二曲輪から東第四曲輪。
河後森城006-01
河後森城006-02
河後森城006-03

東第四曲輪と堀切と古城第二曲輪。
河後森城006-04

東第四曲輪と古城第二曲輪の間の堀切にある門。
河後森城007-01
河後森城007-02

古城。
河後森城008

新城から見た西第十曲輪。
河後森城009

宇和島まで行くのは大変であった。
高速料金がまあようけいったわけである。
特に逸話もないような城であるような感じもするが、整備されていて人も多少は来るんだろうか。
駐車場には、かなりいたのだが、かなりマニア好みの城ではあるが、整備されているのでハイキングによいのではなかろかと思った。

関連記事
城郭シリーズ第386弾『河後森城(その1)』
城郭シリーズ第387弾『河後森城(その2)』
城郭シリーズ第388弾『河後森城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)
(2005/02)
不明

商品詳細を見る


日本百名城インデックス&百名城以外のインデックス
百名城インデックスへ 百名城以外インデックス

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ
スポンサーサイト

城郭シリーズ第387弾『河後森城(その2)』

城郭シリーズ第386弾『河後森城(その1)』のつづき。

地図参照。西第八から西第三曲輪くらいまで。
河後森城003-01
河後森城003-02
河後森城003-03

西第三曲輪と西第二曲輪の間の堀切。
河後森城004-01
河後森城004-02

西第二曲輪から本郭を望む。
河後森城005-01

本郭。石垣が少しだが使用されている。
河後森城005-02
河後森城005-03
河後森城005-04

本郭の建物群。城主の館だったのであろうか。
河後森城005-05
その3につづく。

関連記事
城郭シリーズ第386弾『河後森城(その1)』
城郭シリーズ第387弾『河後森城(その2)』
城郭シリーズ第388弾『河後森城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)
(2005/02)
不明

商品詳細を見る


日本百名城インデックス&百名城以外のインデックス
百名城インデックスへ 百名城以外インデックス

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

城郭シリーズ第386弾『河後森城(その1)』

続百名城巡りで徳島からは最も遠くにあると思われる四国の城である河後森城に行ってきた。
去年の夏のことであったと思う。
土佐と伊予の国境の城で、現在の愛媛県北宇和郡松野町にある山城である。

歴史はというと。。。。
土佐の名族一条氏の支流である渡辺氏が築城し、天文後期から天正年間にかけて城主として君臨した。
1580年に、時の城主、渡辺教忠の近習だった芝原三郎が謀略により当城を奪った。
1583年には、四国の役があり、秀吉の家臣の戸田勝隆が芝原三郎を放逐した。
その後、藤堂高虎が大名として宇和島に入ったが、1614年には、伊達秀宗が宇和島藩を創立し、付家老の桑折氏が入城した。
しかし、1615年の一国一城令により廃城になったとされる。

河後森城000

井戸。地図参照。
河後森城001

西第十曲輪への入り口。
河後森城002-01
河後森城002-02
河後森城002-03

西第十曲輪の説明板。
河後森城002-04

馬小屋みたいのが復元されている。
城主は普段は本郭に住んでいて、外出するときや出陣するときは西第十曲輪まで歩いてきてここで乗馬してそとにでていったのであろう。
河後森城002-06
河後森城002-07

第十から第九と第八を眺望する。
河後森城002-08
河後森城002-05
その2につづく。

関連記事
城郭シリーズ第386弾『河後森城(その1)』
城郭シリーズ第387弾『河後森城(その2)』
城郭シリーズ第388弾『河後森城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)
(2005/02)
不明

商品詳細を見る


日本百名城インデックス&百名城以外のインデックス
百名城インデックスへ 百名城以外インデックス

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

城郭シリーズ第385弾『屋嶋城(その2)』

城郭シリーズ第384弾『屋嶋城(その1)』のつづき。

城外から屋島城の城門を見てみる。
IMG_0529.jpg
IMG_0530.jpg
IMG_0531.jpg
IMG_0532.jpg
IMG_0533.jpg
IMG_0534.jpg
IMG_0535.jpg

戦国時代以降の城で言う枡形虎口みたいになっているのだろうか。
城門の防御を固くするために古今東西でよく用いられるやり方であろう。
IMG_0536.jpg

瀬戸内海方面を望む。絶景であった。
IMG_0537.jpg

車で讃岐うどんを食いに行ったついでに寄ったのであった。
山を登るのに我が愛車はヒイヒイ言っていた。
古代山城ができた後は、500年後ぐらいに、平家軍が源義経に対して立て籠もったり、なにかと歴史に出てくる土地である。
京都に対する海側のアクセスにとって重要な土地であるということだろう。

関連記事
城郭シリーズ第384弾『屋嶋城(その1)』
城郭シリーズ第385弾『屋嶋城(その2)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)
(2005/02)
不明

商品詳細を見る


日本百名城インデックス&百名城以外のインデックス
百名城インデックスへ 百名城以外インデックス

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

城郭シリーズ第384弾『屋嶋城(その1)』

かなりマイナーな城である。
城は城でも、古代山城である。戦国時代の城ではなく、飛鳥時代の城である。
西暦663年に白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に大敗した大和朝廷は、慌てふためいて、唐と新羅が日本列島に攻め入ってこないか不安を感じた結果、西暦667年に、西日本の各地に日本防衛のための山城を築いたとある。
そのひとつが、香川県高松市屋島にある屋嶋城(やしまのき、やしまじょう)、屋島城である。

IMG_0519.jpg
IMG_0521.jpg

城門の遺構である。他にも遺構はあるらしいが、屋島城で復元されているのはここだけだ。
岡山県の鬼ノ城の城門と同じようなつくりになっているのがわかる。
IMG_0522.jpg

高松平野を一望することができる。
高松を押さえるには絶好の地勢であろう。
IMG_0523.jpg
IMG_0524.jpg
IMG_0525.jpg

城門に入るのに登らなければならない。
IMG_0526.jpg
IMG_0527.jpg
IMG_0528.jpg
その2につづく。

関連記事
城郭シリーズ第384弾『屋嶋城(その1)』
城郭シリーズ第385弾『屋嶋城(その2)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)
(2005/02)
不明

商品詳細を見る


日本百名城インデックス&百名城以外のインデックス
百名城インデックスへ 百名城以外インデックス

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

プロフィール

tatsunootoshigo

Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
コメント、トラックバック、相互リンク、大歓迎です。

サイト内検索

日本百名城のインデックス

百名城インデックスへ

百名城以外のインデックス

百名城以外インデックス

博物館などのインデックス

博物館などのインデックス

タヌキおやじの足跡

タヌキおやじの足跡

※本ブログにおける訪問した場所の記事とグーグルマップを関連付けたホームページです。

カレンダー

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

月別アーカイブ

ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 その他趣味ブログへ blogram投票ボタン

広告・宣伝

whiteheights-banner3.jpg

QRコード

QR