タヌキおやじの日々の生活 歴史関連     

高橋典幸、山田邦明、保谷徹、一ノ瀬俊也「日本軍事史」を読破!!



目次
古代・中世
1 戦争の始まり 弥生時代から古墳時代
2 「東夷の小帝国」の軍隊 奈良時代から平安時代初期
3 「弓馬に便なる者」から武士へ 平安時代
4 源平の戦いとモンゴル襲来 鎌倉時代
5 南北朝内乱から応仁・文明の乱へ 南北朝・室町時代
戦国時代
1 戦国動乱の展開
2 臨戦態勢の確立
3 軍事行動の実際
4 統一政権の成立
近世
1 戦乱の終結と幕藩体制の確立 十七-十八世紀
2 北方紛争と海防体制 十八世紀末-十九世紀初期
3 欧米列強の接近と軍事改革 1840-50年代
4 幕末維新の動乱と軍制改革
5 維新変革と統一軍制の模索 1868-1871
近代
1 外征軍隊としての「国民軍」建設
2 日清・日露戦争 1894-1905
3 「デモクラシー」思潮下の日本軍隊 1905-1931
4 大陸での戦争-満州事変・日中戦争 1931-1941
5 太平洋戦争 1941-1945
戦後
1 冷戦下の再軍備 敗戦-1970年代
2 対米追従か、国際貢献か 1980年代-現在

日本の軍事というと、どうしても幕末以降と戦国時代オンリーになりがちなので、その流れをつかむべく本書を読んでみた次第である。
基本的に日本列島において戦争が行われ始めたのは弥生時代つまり紀元前2世紀ごろからであるようだ。
クニと呼ばれる小国家が争いを始め、連合体を形成するようになり、ヤマト王権と呼ばれる大王を中心とする政体ができたのが四世紀前半だとされる。
そして、西暦361年には、朝鮮半島の百済と同盟を結び、たびたび半島に出兵するようになり、西暦391年には、本格的に朝鮮半島に軍事介入するようになったらしい。
高句麗の軍などと戦うにつれて、日本軍の装備も高度になっていったらしい。
鉄製のよろいが大量生産され、騎兵が戦闘に参加するようになった。
この時点で、中世の武士と同様な装備がすべて整ったといってよいとのことであった。
そして、七世紀中頃の白村江の戦いで日本軍は唐・新羅連合軍に完敗し半島からその勢力を完全に駆逐される。
このことは、大和朝廷の首脳陣に非常なショックを与えたらしい。
その敗戦の結果、大化の改新が行われ、律令制による軍団が全国各地で組織されるようになった。律令制による軍団とは、簡単に言うと、徴兵制による規格化された一軍団につき一千人の軍隊であり、日本において初めて行われた徴兵制による軍隊ではないかと思う。
しかし、これらの軍団は九州で防人として中国や朝鮮半島からの侵攻に備える他、東北地方の蝦夷を征服する以外には使用されず、次第に廃止される。
十世紀初頭から武士の原型である兵(つわもの)と呼ばれる人々が出てくるのだが、彼らに影響を与えたのが、俘囚と呼ばれる征服された蝦夷であった。
8世紀後半から9世紀前半にかけて、徐々に軍団が廃止される訳だが、まず、半島への備えが必要な九州地方と蝦夷に対して兵力が必要な東北地方以外の軍団が廃止され、最終的には、九州地方と東北地方の軍団も廃止され、健児の制と呼ばれる武装した富裕な農民や豪族の子弟による兵力に置き換わった。これは、徴兵制による軍隊から志願制による軍隊に置き換わったということであろうか。
兵力は、大幅に縮小されて、治安維持程度のものになったらしい。
十世紀には国衙軍制と呼ばれ、土着した貴族などで武芸に長けた人々が国府に登録され、有事に動員された。これらが先ほどの兵(つわもの)と呼ばれる人々であり、平将門や藤原純友の乱に動員され、武士の原型となった。
おおまかに管理人が考えるに、九世紀くらいまでは歩兵が主力でそれ以降は弓騎兵が主力となり、十三世紀くらいからは打ち物騎兵が主力となり、これが十四世紀くらいまで続き、十五世紀以降は戦いの規模が大きくなって歩兵が主力となったようだ。
基本、日本人騎馬民族論などの論説もあったが、日本人は、騎馬民族ではなく歩兵主体の軍隊を有する民族であると思う。
源平合戦や南北朝の戦いなど比較的小規模な場合には、騎馬武者同士の戦いが行われたが、戦いが大規模になったり、外征をするときの軍隊は歩兵が主力となっているように思うからである。
おおまかに日本の軍隊がどのように変遷しているかを知る上でよい本かと思う。

自分の評価
★★★☆☆55点

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笠谷和比古「武士道と日本型能力主義」を読破!!



目次
序章 武士道とは何か
第一章 赤穂事件と武士道
第二章 自立の思想としての武士道
第三章 武家屋敷駈込慣行
第四章 主君「押込」の慣行
第五章 日本型組織の源流としての「藩」
第六章 名君の条件―十八世紀の組織改革と指導者像
第七章 能力主義のダイナミズム
第八章 封建制度の日欧比較
第九章 日本型組織の過去・現在・未来
第十章 伝統文化とグローバリズム―新しい日本社会を求めて―
 現代においてさかんに議論されている能力主義についての本である。
 能力主義の対極にあるのが年功序列主義といってよいが、日本社会における年功序列主義がバブルの崩壊とともに守られなくなった今、少なくとも形式上は能力主義というものが取り入れられつつあるわけである。
 ところが、日本の歴史において、過去に日本の組織において取り入れられた能力主義があり、それを本書では、日本型能力主義と呼んでいる。
 この日本型能力主義の歴史というものは非常に興味深い。
 ほとんどが武家社会における能力主義について述べられているが、一部、商家における能力主義についても説明がなされており、これも興味深かった。
 ところで、戦国時代というのは日本の歴史において最も身分の流動が激しかった時代であり、その象徴が豊臣秀吉であり、下克上という言葉であったわけである。
 つまり、日本において能力主義が最も浸透していた時期だったと思われる。
 しかし、その後、平和になると身分が固定されるものの、次第に社会矛盾や社会問題が起こってきて、徳川吉宗による享保の改革が行われる。
 そこで、吉宗らは数々の政策を実行したり、問題を解決するために能力およびやる気のある人材を下級武士や外部から登用しなければならなかった。
 そのようなわけで、江戸期における能力主義というのは、享保の改革より始まったとされている。
 そのために採用された能力主義的昇進システムが「足高制(たしだかせい)」であった。
 身分の低い幕臣を高役職に登用する際に、その扶持米の差額を「足高(たしだか)」として、その役職の就任中にのみ支給するという制度であった。
 その次に行われたのが外部の血の導入であった。
 どういうことかというと、武士身分以外の者が御家人株を買って、幕臣になるというケースが出てきたのである。
 この御家人株の売買というのも、享保の改革時に解禁され、始まっているそうな。
 御家人という身分は、一代限りのものが多くあったので、売買という行為がしやすかったものと思われる。
 具体的には、養子相続の形をとったり、奉公を代行したり、俸禄米の一部を譲渡するという手段があったそうである。
 ちなみに、旗本身分の売買というのはなかったそうであるが、幕末の幕臣である勝海舟のように、御家人の株を買った家系の子孫が旗本の家の養子となるケースが数多く見受けられ、その多くが幕末の動乱時に活躍している。
 要するに、どんな時代もどんな国や組織でもそうであるが、国や組織を活性化させたい場合には、身分の低い人間を登用したり、外部から有能な人材を登用したりして、新しい血の導入をはかったりすることが基本であるのかと思う。
 また、これらのような人材登用の試みは他藩でも行われており、本書では、阿波藩、黒田藩、信州松代藩のケースなどが紹介されている。
 もうひとつ面白かったのが、藩の政治秩序と意思決定のシステムについての論考である。
 まず、大きく二つに上位決定型と下位決定主導型とに分類される。これは、トップダウンかボトムアップの違いということであると思う。
 管理人から見ると、日本では、戦国時代はトップダウン(上位決定型)が多かったのに対し、江戸時代からはボトムアップ形式(下位決定主導型)が多くなったように感じる。どちらがよいかは一長一短であろう。
 上位決定型は、親裁型と委任型に分類される。親裁型は、主君独裁型と君臣会議型に分類され、委任型は専任家老責任型と家老・重臣合議型に分類される。
 これらのタイプは、西欧でもかなり一般的なシステムなのではなかろうかと思う。
 しかし、西欧ではあまり一般的ではないと思われるのが下位決定主導型であり、これは、諮問-答申型と稟議型に分類される。
 稟議型の実例として、信州松代藩真田家が挙げられている。
 稟議とは、要するに各下級役人が具体的な判断を考えて、段々と上層上層に決裁を仰いでいく手法である。
 究極のボトムアップ形式といってよいと思う。
 管理人が推測するに、ボトム層で判断する裁量が多いために、ボトム層の能力が高くなければならないかも知れず、トップ層の労力が減るものの、常にトップ層が全体のバランスや戦略を考えなければならないかもしれない。
 最近、日本の社会においては、年功序列制から成果主義とか能力主義に転換しようとする動きがあるわけだが、外国の制度を取り入れるというだけでなく、過去の日本の能力主義を取り入れることも重要であると思う。
 過去の歴史上の能力主義というのは、日本人が自ら生み出した能力主義であって、日本人の国民性にフィットする可能性が高いわけであって、外国の能力主義を取り入れるより、むしろ、歴史上の日本の能力主義制度を現代風にアレンジして復活させる方がよいかもしれないと管理人は本書を読んで思った次第である。

自分の評価
★★★☆☆75点

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マルコム・ヒスロップ「歴史的古城を読み解く―世界の城郭建築と要塞の謎を理解するビジュアル実用ガイド」を読破!!



内容の紹介
『かつては城は権力の座や、富や社会的地位のシンボルとして注目を集め、国境、道路、経路、川を支配する手段だった。
本書は10~16世紀の時代に注目して、ウェールズのモット&ベイリー式城郭から日本の平城まで世界中を巡り、建築学的参考文献や観光ガイドの役割を果たしている。
本書を読めば城の歴史を紐解き、防衛および住居機能を兼ね備える巨大な建築物を、しばしば厄介な土地に建設するという困難に、中世の建築家たちがいかにして立ち向かったかが理解できるだろう。
本書ではまず城の種類、様式、材料の用語を明確に定義し、その後の各章では、石落しや濠からダンジョン(本丸)やはね橋にいたるまでの独特な建築上の特徴について、こうした解釈がどのように評価されるかを示しながら、すべての城壁に物語があるという重要な手がかりを記す。』
目次
第1章 城の基礎知識
 機能 要塞 住居 設計と建築 城の種類 破壊と再生
第2章 特徴のある特徴
 大塔 城郭 塔と小塔 城壁上 防衛 城門 外堡 居住施設 礼拝堂 牢獄 戸口とポーチ 窓と射眼 水と衛生設備 暖房設備 階段室
大体、日本の城を網羅したので、かつてより興味があったヨーロッパの城郭の本を読んでみた。
中世から大砲が登場するまでのヨーロッパの城郭について軽く説明している。
一例としてノルマン人というゲルマン人の一種族が建設した城郭でモット&ベイリー形式というものがある。
これは日本の戦国時代の城とかなり構造的に近いと思われる。
ノルマン人はノルマンコンクエストという大移動の結果、フランスの沿岸部やイギリスにこの形式の城を造って行った。
そして、このモット&ベイリーは次第に土造りからレンガ造りや石造りの強固なものに造りかえられていった。
戦国時代の城郭の一部が土塁から石垣にかわっていったのと似たようなものであろうか。
見ていると、西欧の城は日本でいう馬出しみたいな建築物を外堡という名前で建造しているが、桝形みたいな建築物はこの本からは見当たらないと判断した。
また、門自体の防御力を塔型にすることによって向上させている。
ヨーロッパの城では、吊り上げ式の橋を多用しているのも日本の城とは異なるであろう。
日本でも吊り上げ式の橋はあることはあるが少ないと感じる。
イラストがほとんどなので、ヨーロッパの城郭初心者にはわかりやすくよいと感じた。

自分の評価
★★★☆☆55点

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火坂雅志「戦国時代-勝利の実学」を読破!!



目次
第一部 野望を抱き、自己研鑽に努めた男たち
 藤堂高虎 激動の時代をのりこえた自己変革の男
 島左近 下克上を実力でのし上がった戦場の鬼
 前田利家 現実を的確に見据えた冷静な判断力
 伊達政宗 劣等感により培われた真の強さ
 山内一豊 内助の功をうけ、勝負師となった一豊の人間力
第二部 歴史の裏で暗躍した男たち
 太原雪斎 愛弟子のために修羅の道を選んだ禅僧
 施薬院全宗 覇業を支えた黒衣の男
 竹中半兵衛 神算鬼謀の名軍師
 黒田官兵衛 天才軍師の「奇策」と「人間力」
 竹中重門 父譲りの判断力で大局を見据えた二代目
 今井宗久 徒手空拳から身を起こした戦国の覇商
 千利休 戦乱の時代に、茶の湯はなぜ生まれたのか
 天下三宗匠 茶の湯に隠された政治力
 沢庵宗彭 この世を夢と観じなされよ
第三部 一芸に秀で、腕一本で己を磨き続けた男たち
 塚原卜伝 鵙と雀鷂
 柳生石舟斎(一) 石の舟にわが身をなぞらえて
 柳生石舟斎(二) 石舟斎、座して動かず
 宮本無二斎・武蔵 苛烈な剣の道に生きた父子
 宮本武蔵 習いを離れて、習いをたがわず
第四部 歴史を動かしたリーダーのあり方
 武田信玄 百パーセントの勝利は次の敗北を呼ぶ
 上杉謙信・武田信玄 己がみとめた好敵手への敬意
 上杉謙信 鉄の結束の秘訣
 直江兼続 師から受け継いだ義と愛民の志
 真田幸村 「義」の男たちから得たもの
 織田信長 幾度の窮地を脱した政略術
 豊臣秀吉 敵すら味方にする巧みな人身掌握術
 前田利長・利政 加賀百万石のいしずえを築いた苦肉の策
 徳川家康(一) 負け続けた男の天下取り
 徳川家康(二) 天下制覇の礎は人脈形成にあり

藤堂高虎というと、「裏切り者」のイメージが強いが、本書によれば、戦国の世でキャリアアップをはかっていった人物だとのことだ。
高虎は、始め、戦場において一番駆けを続けて功を重ねたが、次第に、経済のスペシャリストとなった。
合戦には、武勇だけでなく、軍資金、武器弾薬、兵糧の調達など、経済に密接な裏方の仕事が不可欠であったからである。
どのように経済のスペシャリストになったかというと、高虎は四番目に仕えた豊臣秀長(秀吉の弟)や自分と出身が同じ近江商人から経済を学んだそうである。
高虎が語った「いくさをする武将であっても、算勘を学ぶことが大事だ」との言は、興味深い。
槍一筋では、なかなか栄達できないということであろう。
経済の次に、高虎は築城術に目をつけ、縄張りの名人となった。
城の縄張りとは、城全体を防御しやすいように設計することである。
その頃、空前の築城ブームがおこっており、高虎の縄張りというのは、黒田官兵衛と並んで評判になったそうである。
高虎は、さまざまな技能集団をたばねて多くの城を築造していった。
高虎が縄張りを行った城は、江戸城、伊賀上野城、津城、宇和島城、今治城など西日本を中心に非常に数多くある。
高虎は、戦闘、兵法、兵站、経済、政治、築城術、外交に通ずるジェネラリストとして能力開発を進めながら生き残りを図っていった武将といえるであろう。
本書には、他にも多くの武将・商人・文化人・武芸者の短編があってそこそこ面白かったが、とりあえず、藤堂高虎について読み進めていきたいと思った次第である。

自分の評価
★★★☆☆65点

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大村大次郎「龍馬の家計簿-元国税調査官が龍馬の金銭資料を徹底監査」を読破!!



目次
第一章 金欠の旅立ち
第二章 幕末浪人ライフとは?
第三章 日本で最初の会社「亀山社中」とは?
第四章 薩長盟約、結婚生活、そして戦争
第五章 海援隊の収支決算
第六章 「日本を洗濯する資金」を調達せよ
第七章 龍馬を悩ませた家庭問題
第八章 死に際に金は持たず

龍馬の家計簿という題名だが、金銭的な内容は薄いと感じた。
しかし、通説で言われる龍馬が常に金に困っていたというのは本書で説明されるように事実であるようだ。
この人は、土佐の脱藩浪人であったので、金蔓が実家ぐらいしかなかった。
そのため、パトロンを薩長土に求めたわけである。
また、志士に好意的な商人というのもいて、彼らは志士に多額の資金を提供してくれた。
幕末の危機をなんとかしてほしいという願望があったようである。
面白いのは、龍馬の亀山社中は、第二次長州征伐の前に長州藩に武器斡旋を行い、判明しているだけで銃が9万2400両、ユニオン号3万7700両、合計13万100両、現在の貨幣価値にすれば60億円以上の取引をしたのだが、ほとんど報酬をもらわなかったとのことであった。意外なことである。
その当時は、「取引仲介してマージンを受け取る」というような仲介ビジネスはまだ一般的ではなかったそうな。
そのようなわけで亀山社中は第二次長州征伐の後に経営危機に陥るのである。
しかし、日本初の会社と呼ばれる亀山社中は、たびたび船を難破等の事故で失ったりして経営危機に陥るものの何とか切り抜けるのである。
龍馬の経営センスみたいなものはよくわからなかったものの、金の重要性については確実に理解していたようだ。
亀山社中は長崎に本拠を構えていたのだが、幕府と開戦となった場合には、長崎奉行所を襲って、そこに蓄えられていた金を確保しろと常々言っていたそうだ。
龍馬の死後だが、実際、幕府との戦いになったとき、海援隊(亀山社中の後身)の隊員は、言いつけ通りに行動して、長崎奉行所と談判して資金を確保している。
一方で、海援隊も龍馬の晩年には、ビジネスが軌道に乗りかけていたようである。
土佐藩に銃を売却したときには、長州藩のときの藩政からか、しっかりとマージンを取って利益を上げている。
また、丹後田辺藩との取引もあり、大商いであったようだ。
そして、仙台藩との取引も話だけはあったが、龍馬の暗殺と戊辰戦争の勃発で立ち消えになったようだ。
興味深いことに、薩摩藩も長州藩も幕府の戦争の際には、偽金作りに手を出している。
これは、龍馬のアドバイスがあったようだ。きれい事だけでないと。。。。
坂本龍馬をビジネス面で論じた作と云うことで、目新しいことは目新しいが少々中身が薄いと感じた。

自分の評価
★★☆☆☆45点

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プロフィール

tatsunootoshigo

Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
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