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城郭シリーズ第98弾『伊賀上野城(その3)』

城郭シリーズ第97弾『伊賀上野城(その2)』の続き。

地図中の⑧の場所。
筒井古城跡の石垣である。
筒井古城跡は、本丸より高い位置にある。
伊賀上野城08-6

同じく。
伊賀上野城08-7

同じく。
伊賀上野城08-8

地図中の⑨の場所。
筒井古城跡への別の門の跡。
伊賀上野城09

同じく。これは積み直されたもののようだ。
伊賀上野城09-2

そして、とうとう本丸へ。
模擬天守閣である。
地図中の⑩の場所。
伊賀上野城10

同じく模擬天守閣である。
伊賀上野城10-2

同じく。
伊賀上野城10-3

本丸から見た高石垣。足に震えがくる高さである。
伊賀上野城10-4

天守台のふもとに積み上げてあった石礫。
石垣を組むのに使ったものか、戦時を想定して用意していたものかは分からない。
最近のものである可能性もある。
伊賀上野城10-5

感想

松阪城にしろ伊賀上野城にしろ建築物が残っていないのは残念な気がする。
しかし、伊賀盆地というのは、非常に狭い。
そのため作高が少ない伊賀盆地に生きた人々は、戦国の世に忍びの術を糧に自らを売り込んでいったのである。
ところで、筒井古城跡が本丸より高い場所にあるというのが、すごく奇異に感じられた。
筒井古城跡を取られてしまうと、ほとんど、この城は落ちたも同然になってしまうのではないかと思うからだ。
実際に見てみると、高石垣はすごく堅固にできているが、反対の筒井古城跡側は簡単に突破されそうなのだ。
そのような状態であるのは、未完成だったからだろうか???
でも、まあ、築城の名手、藤堂高虎のことだから、その辺の対策はするつもりであったのだろうと思う。

関連記事
城郭シリーズ第96弾『伊賀上野城(その1)』
城郭シリーズ第97弾『伊賀上野城(その2)』
城郭シリーズ第98弾『伊賀上野城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
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城郭シリーズ第97弾『伊賀上野城(その2)』

城郭シリーズ第96弾『伊賀上野城(その1)』の続き。

地図中の⑤の場所。
高石垣である。
伊賀上野城05-3

同じく。
伊賀上野城05-4

同じく。
伊賀上野城05-5

地図中の⑥の場所。
空堀である。筒井古城跡の空堀となっている。
伊賀上野城06

地図中の⑦の場所。
石垣の跡。筒井時代のものであろうか。
伊賀上野城07

地図中の⑧の場所。
筒井古城跡を囲む石垣。
伊賀上野城08

同じく。
伊賀上野城08-2

同じく。
伊賀上野城08-3

同じく。
伊賀上野城08-4

同じく。筒井古城を囲む石垣は、高石垣とはちょっと違って、野面積みのようだが、筒井氏時代のものなのだろうか???
伊賀上野城08-5

城郭シリーズ第98弾『伊賀上野城(その3)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第96弾『伊賀上野城(その1)』
城郭シリーズ第97弾『伊賀上野城(その2)』
城郭シリーズ第98弾『伊賀上野城(その3)』
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参考
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城郭シリーズ第96弾『伊賀上野城(その1)』

松阪城を攻略した後、伊賀上野城に向かう。
さすが、忍者の里、伊賀だけあって、山の中の盆地にあった。
これだと、作物も取れないから忍者で稼ぐしかないわけだなあ。

伊賀上野城とは、三重県伊賀市上野丸之内にあった平山城であり、別名、上野城、白鳳城。
ていうか、伊賀って、三重県、東海地方だったのか。
てっきり、近畿だとばかり思っていた。

歴史(ウィキペディアの記載を引用・改変)
平安時代には、平清盛の発願によって建立された平楽寺という大寺院があった。
室町時代には、伊賀上野城西の丸と後世に呼ばれることとなる丘陵には伊賀国守護である仁木氏の館があった。
1579年に、織田信雄が伊賀平定に乗り出したが、伊賀衆の前に敗退する。
1581年に、織田信長の援軍をうけ伊賀国を平定する。
その後、滝川雄利、脇坂安治と伊賀国守護が代わる。
1585年に、筒井定次が伊賀に移り、天正伊賀の乱で焼け落ちた平楽寺、仁木古館跡に伊賀上野城を築城する。
1600年に、関ヶ原の戦いが起こると筒井定次は、東軍の徳川家康方につき、会津征伐に参戦し、筒井玄蕃を伊賀上野城の留守居役とした。
しかし、伊賀上野城は西軍に攻撃され、筒井玄蕃は戦わず城を明け渡し高野山に逃亡した。
筒井定次は徳川家康の許しを得て直ちに軍を引き返し、城を再奪取し事なきを得た。
関ヶ原の戦いの戦後、筒井定次は本領安堵、伊賀上野藩を立藩した。
しかし、1608年に、徳川家康は、筒井定次から領地を没収する(筒井騒動)。
同年、伊予国宇和島城から築城の名手とされる藤堂高虎が、伊賀国に入国した。
1611年に、藤堂高虎は、豊臣氏への備えのために伊賀上野城の大幅な改修に着手する。
1615年に、大坂の役で徳川家康の勝利となり、豊臣氏の滅亡で堅固な城が必要なくなり、藤堂高虎は、交通の便利がいい津城を本城とし、未完成の伊賀上野城を支城とした。
1869年に、廃城令によって廃城処分とされ、石垣上の構造物の多くが取り壊された。

まあ、築城の名手、藤堂高虎の縄張りというのがミソの城である。
日本一の高石垣があるのもミソである。

ともあれ、伊賀上野城スタンプゲット。これで、38/100名城攻略達成。
東海地方の百名城は攻略達成である。
伊賀上野城スタンプ

上野公園の地図。
伊賀上野城地図

地図中の①の場所。
蛇谷堀。わずかに残った堀の一部。
伊賀上野城01

地図中の②の場所。
立派な石垣である。ここらへんから城らしくなってきた。
伊賀上野城02

同じく。
伊賀上野城02-2

地図中の③の場所。
名前は分からないが、門の跡である。
伊賀上野城03

藩校である旧崇廣堂。
伊賀上野城04

同じく。
伊賀上野城04-2

同じく。
伊賀上野城04-3

地図中の⑤の場所。有名な高石垣。
伊賀上野城05

同じく高石垣。
伊賀上野城05-2

城郭シリーズ第97弾『伊賀上野城(その2)』に続く。

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城郭シリーズ第95弾『松阪城(その3)』

城郭シリーズ第94弾『松阪城(その2)』の続き。

地図中の⑪の場所。
中御門跡。そのままやん。
松坂城11

本丸下段側から見た中御門跡。
松坂城11-2

地図中の⑫の場所。
本丸下段。
松坂城12

本丸下段の石垣の上。
松坂城12-2

地図中の⑬の場所。
敵見櫓跡。
松坂城13

地図中の⑭の場所。
きたい丸の城壁に登る階段。
なぜ、きたい丸というのかを知りたい。
松坂城14

きたい丸からみた天守台。
松坂城15

地図中の⑮の場所。
本丸上段である。
松坂城15-2

天守台である。
あまり大きな天守閣ではなかったようだ。
松坂城15-3

地図中の⑯の場所。
本丸下段から本丸上段への門の跡であろうか???
松坂城16

感想
名将、蒲生氏郷の築城だけあって、堅固そうな作りである。
野面積みの石垣がすごく綺麗だった。
周りは水濠で囲まれていたらしいが、今では、ちょっとした水路になっていた。
この後、松坂牛を食べようと思って、食べ物屋さんを探したのだが、時間的に早過ぎてどこも開店してなかった。
表門の古写真は残っているので、復元すればいいのにと思ったが、松坂市民のみなさんは、そのままでいいと思っているのかな。
しかし、石垣だけでも見応えのある城である。

関連記事
城郭シリーズ第93弾『松阪城(その1)』
城郭シリーズ第94弾『松阪城(その2)』
城郭シリーズ第95弾『松阪城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
松阪 城と城下町―天守閣建設をめぐって松阪 城と城下町―天守閣建設をめぐって
(1994/10)
久松 倫生

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城郭シリーズ第94弾『松阪城(その2)』

城郭シリーズ第93弾『松阪城(その1)』の続き。

地図中の④の場所。
松坂城04-2

地図中の⑤の場所。
助右衛門御門跡。なぜこういう名前になったのかを知りたい。
松坂城05

地図中の⑥の場所。
遠見櫓。遠くが見えたのかしらん。
松坂城06

地図中の⑦の場所。
表門跡。大手門なのかな???よく分からん。
松坂城07

かつてはこうだったと。。。
パンフレットより借用。
松坂城古写真2

表門右側の石垣。二の丸の石垣である。
松坂城07-2

地図中の⑧の場所。
二の丸の石垣。
松坂城08

同じく。
松坂城08-2

裏門より二の丸に突入する。
地図中の⑨の場所。
松坂城09

地図中の⑩の場所。
太鼓櫓跡の石垣。。。。だったと思う
松坂城10

城郭シリーズ第95弾『松阪城(その3)』に続く。

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松阪 城と城下町―天守閣建設をめぐって松阪 城と城下町―天守閣建設をめぐって
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Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
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