タヌキおやじの日々の生活 東海の城     

城郭シリーズ第407弾『吉田城(その3)』

城郭シリーズ第406弾『吉田城(その2)』のつづき。

豊川側から見た模擬鉄櫓。
吉田城006-02
吉田城006-03
吉田城006-04
吉田城006-05

吉田大橋から見た模擬鉄櫓。
吉田城007-01
吉田城007-02

かつてはこうであったと。
模擬鉄櫓が建っているところにはなにもなく、下の郭に櫓が建っている。
吉田城007-03
吉田城007-04
吉田城007-05
吉田城007-06

日が暮れかけていたので、焦ってあまり見れなかったのが残念であった。
歴史資料館は閉館していた。
だいたい城の資料館とか行くと、かつてのジオラマとかあって、大体の構造とかがわかってなにかと都合がよいのである。

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城郭シリーズ第405弾『吉田城(その1)』

去年のことだったので、正確なことは忘れたが、諏訪原城、浜松城、吉田城とはしごして、続百名城スタンプを貰ってきたのだったと思う。
JR豊橋駅から路面電車に乗って、吉田城まで行ったと思うのだが、路面電車はあまり乗る機会もないので新鮮であった。
高知とか、松山も路面電車あるなあと思いながら、管理人は、路面電車がある都市には住んだことがないので、そのような都市には、一風変わった風情があるなと感じたのである。

ここで、いつもの城の歴史のおさらいである。
これも、自分の中で整理するために文章にしているわけである。

1505年に、今川氏親の命により、長山一色城主・牧野古白が築城した。
三河の松平氏や戸田氏に備えるためであったという。
その後、戸田氏と牧野氏が争奪戦を繰り返し、城主が次々に入れ替わった。
1529年に、後の徳川家康の祖父である松平清康が吉田城を攻略し、三河支配を確立させた。
しかし、清康が横死すると、牧野氏、戸田氏、今川氏と城の支配権がかわる。
また、今川義元が桶狭間の合戦で討ち死にすると、1565年に、松平家康がこの城を攻略した。
家康は、酒井忠次を城代に任命した。
1590年に、徳川家康が関東に移封されると、池田輝政がこの城主となる。
輝政は、11年かけて城と城下町を整備するが、1601年に、播州・姫路に移封された。
江戸時代には、譜代大名の城として三河吉田藩の藩庁が置かれた。
竹谷松平家、深溝松平家、水野氏、小笠原氏、大河内松平家と頻繁に大名が替わった。
1873年に、失火により多くの建物が焼失した。
1875年に、日本陸軍歩兵第18連隊が置かれた。

輪郭式平城というやつであろうか。
なかなか堅固そうに見える。
吉田城000-01

東海道に面した、かつて存在した大手門。
吉田城000-02
吉田城000-03
吉田城000-04

豊橋公園の正門。かつての三の丸口門であった。
歩兵18連隊の正門でもあった。
吉田城001-01

三の丸の土塁。
吉田城001-02

本丸南御多門。
吉田城002-01
吉田城002-02
吉田城002-03
吉田城002-04
その2につづく。

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城郭シリーズ第404弾『諏訪原城(その4)』

城郭シリーズ第403弾『諏訪原城(その3)』のつづき。

二の曲輪の土塁。地図参照。

諏訪原城006-02

中馬出と二の曲輪の間の土橋。
諏訪原城006-03

二の曲輪。
諏訪原城007-01
諏訪原城007-02
諏訪原城007-03

二の曲輪と本郭の間の土橋。
諏訪原城008-01

本郭の空堀と土塁。
諏訪原城008-02

カンカン井戸。名前の由来はなんであろうか?
諏訪原城008-03

本郭。
諏訪原城009-01
諏訪原城009-02

武田軍と徳川軍の熾烈な攻防戦を戦った城である。
凄まじい量の両軍士卒の血を吸ったであろう。
今は、平和に茶畑が広がっているが、400年以上の昔は、互いの命運を分けた土地だったわけである。
城跡は、よく整備されていて、気持ちよく登城ができた。
東海道が近くを通っていたのだが、その遺構もなかなかよかったのである。

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城郭シリーズ第403弾『諏訪原城(その3)』

城郭シリーズ第402弾『諏訪原城(その2)』のつづき。

大手馬出と中馬出の間の外堀。地図参照。
諏訪原城003-07

二の曲輪中馬出。
諏訪原城004-01
諏訪原城004-02
諏訪原城004-04
諏訪原城004-05
諏訪原城004-07

二の曲輪北馬出の復元された門。四脚門というのだろうか。
諏訪原城005-01
諏訪原城005-02
諏訪原城005-03

外堀。二の曲輪と北馬出の間。
諏訪原城006-01
その4につづく。

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関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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「はやきこと風の如く、
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