タヌキおやじの日々の生活 北陸の城     

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城郭シリーズ第372弾『鳥越城(その4)』

城郭シリーズ第371弾『鳥越城(その3)』の続き。

地図中の⑧の場所。中の丸。
鳥越城 007-3

地図中の⑦の場所。本丸と後二の丸の間の空堀。
鳥越城 008-1
鳥越城 008-2

中の丸門。地図中の⑨の場所。
鳥越城 009-1
鳥越城 009-2

地図中の⑩の場所。二の丸。
鳥越城 010-1

二の丸の建物礎石。
鳥越城 010-2

二の丸隅櫓台。
鳥越城 010-3

二の丸からの景色。田植えが始まっていた。
鳥越城 010-5

地図中の⑪の場所。後三の丸。
鳥越城 011-1

感想
一向一揆最後の激戦場である鳥越城。
築城から10年くらいで廃城になったようだ。
一揆勢は、敗勢になって最終拠点を山奥の鳥越村にしたのだろうか。

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城郭シリーズ第372弾『鳥越城(その4)』
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参考
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城郭シリーズ第371弾『鳥越城(その3)』

城郭シリーズ第370弾『鳥越城(その2)』の続き。

地図中の⑤の場所。本丸前の桝形内。
鳥越城 005-1
鳥越城 005-2
鳥越城 005-3
鳥越城 005-4
鳥越城 005-5

枡形前面の門は高麗門になっている。
鳥越城 005-7

地図中の⑥の場所。本丸内。
鳥越城 006-1

本丸内に建物が集中していることから本丸内で城主は生活していたらしい。
織田勢と戦っている最中なので気が抜けないところであっただろう。
鳥越城 006-4
鳥越城 006-6

地図中の⑦の場所。
鳥越城 007
その4に続く。

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城郭シリーズ第369弾『鳥越城(その1)』
城郭シリーズ第370弾『鳥越城(その2)』
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城郭シリーズ第369弾『鳥越城(その1)』

鳥越城登城。

鳥越城の歴史まとめ
1573年(天正初年)頃、白山麓山内惣庄の旗本鈴木出羽守を城主とし、織田信長による加賀一向一揆討滅の経路がはかられる中で、門徒集団である山内衆の抵抗の拠点として築城された。
1580年(天正8年)、織田方の柴田勝家軍によって落城し、山内衆の主領鈴木一族は滅ぼされる。
その後この城は織田方の吉原次郎兵衛の管理下に置かれたが、白山麓門徒の抵抗は続き、攻防戦が展開された。
しかし、1582年(天正10年)3月1日、織田方の佐久間盛政によって鎮圧され、三百余人が磔に処せられた。

鳥越城登城口。
鳥越城 000-0
鳥越城 000-1

鳥越城縄張り。
鳥越城 000-2

鳥越城遠景。
鳥越城 000-3

地図中の①の場所。左が後二の丸。
鳥越城 001-2

あやめが池。
鳥越城 001-6

籠城戦の時の様子らしい。
鳥越城 002-1

右が後二の丸。
鳥越城 002-2
鳥越城 002-3
鳥越城 002-5
その2に続く。

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城郭シリーズ第133弾『一乗谷城(その2)』

城郭シリーズ第132弾『一乗谷城(その1)』の続き。

地図中の③の場所。朝倉氏館の水濠とそれに続く縦掘である。
一乗谷城 003-4

土塁の上から見た櫓跡???
一乗谷城 003-5

庭園の遺構。
一乗谷城 003-7

館跡全景。
一乗谷城 003-8

地図中の④の場所。
中の御殿跡の入り口の石垣。
一乗谷城 004

地図中の⑤の場所。
復元町並み。
一乗谷城 005-2

武家屋敷。
一乗谷城 005-1

同じく。
一乗谷城 005-3

地図中の⑥の場所。
上城戸。
一乗谷城 006-1

同じく。
一乗谷城 006-2

感想
この狭い谷に一万人が住むのは大変だったであろうと推測する。
朝倉氏の繁栄の痕がうかがえるが、織田信長の攻撃によってあっという間に灰燼に帰してしまった。
繁栄させるための努力は、大変なものだが、繁栄を失ってしまうのは簡単である。
栄枯盛衰を感じることができた一乗谷遺跡であった。
次は、11月下旬に岡山県の百名城を攻略予定。

前の記事
城郭シリーズ第132弾『一乗谷城(その1)』
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参考
戦国城下町の考古学―一乗谷からのメッセージ (講談社選書メチエ)戦国城下町の考古学―一乗谷からのメッセージ (講談社選書メチエ)
(1997/07)
小野 正敏

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Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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