タヌキおやじの日々の生活 渡辺洋二     

渡辺洋二「空の技術―設計・生産・戦場の最前線に立つ」を読破!!

しばらく晴れの日が続いてるな~

空の技術―設計・生産・戦場の最前線に立つ (光人社NF文庫)空の技術―設計・生産・戦場の最前線に立つ (光人社NF文庫)
(2010/02/28)
渡辺 洋二

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これで当分は終わりの渡辺洋二作品である。
今度は、軍用機の生産現場、設計現場にも焦点を当てた作品である。
が、日独英米の偵察機についての短編と米軍夜戦戦闘機隊の短編もある。

内容(カバー裏面より引用)
『設計・生産・整備の充実と発展がなければ航空兵力は成り立たない。
大戦中、日本の航空戦を陰で支えていた、知られざる努力と奮闘のシステムを綴る感動作。
現代戦の舞台裏で地道な作業に勤しんだ人々の記録。
夜戦ヘルキャットや日本の対潜哨戒機などテクノロジーを駆使した航空戦の陰の戦いを描く三篇も収載する。』

第一章が、「チーフデザイナーとの接点」。
始めが、軍用機の設計者についての短編である。
川崎航空機の土井武夫氏、大和田信氏、井町勇氏。
三菱重工業の堀越二郎氏、曽根嘉年氏。
中島飛行機の中村勝治氏、大野和男氏。
航空研究所の山本峰雄氏。
航空技術廠の鶴野正敬氏。
戦後のこれらの人々との著者とのエピソードが書かれる。

第二章が、「三型に携わって」。
隼三型に携わった、学徒動員の学生、パイロット、設計者について書かれる。
学徒動員の本は全く読んだことがなかったので興味深かった。

第三章が、「半田に青春ありき」。
中島飛行機の半田工場で青春を過ごした人々について書く。
吾輩の祖父もここにいたといっていたような気がする。
今度、教えてあげると喜ぶかもしれないな。

第四章が、「生産を戦力に結ぶ者」。
川崎航空機のテストパイロットのお話。

第五章が、「軍偵と排気管」。
前線で軍偵の整備をした整備兵のお話。
現地で排気管を改造して地上から見えないように改造したとのこと。
その結果、一石二鳥で速度も上がったと。。。

第六章が、「再生零戦今昔物語」。
終戦直前にラバウルで再生した零戦。
特攻に使われる前に終戦となった。
その後、ニュージーランドに送られ、オークランド国立博物館に展示されている。
吾輩、ニュージーランドに行ったときにこの零戦を見ている。
こういう経緯の零戦だったのだなあと感慨深いものがあった。

第七章が、「ドロナワ式対潜作戦始末」。
日本海軍の船団護衛について書いた短編。
まあ、第一次世界大戦を経験しなかったことが、対潜作戦能力を軽視することにつながったのかもしれない。
また、そこまで戦力をつぎ込める余裕がないことを知っていたということもあるかもしれない。
本書にも書いてあるが、船団護衛に空母を使用せず、ひたすら基地から対潜哨戒をしたほうが合理的だったかもしれないと感じる。

第八章が、「各国偵察機、実力くらべ」。
日独米英の偵察機の実力を比較している。
軍配は、米にあがると。。。。
日本軍が専用の偵察機を開発したのに対し、他国は、戦闘機や爆撃機の改良で済ませたと。。。
そこらへんは、航続距離が求められ、航法をやる人が乗る必要があったことと、日本軍の二座以上の攻撃機・爆撃機は、脆弱なものが多かったことに起因するのではないかと思うのだが。。。

第九章が、「夜の「ヘルキャット」」。
F6F夜戦型について書く。
まあ、新兵器を実戦で使えるようにするには、ある程度の期間が必要であるということが分かる。
ドイツのジェット戦闘機Me262だってそうだったし、あらゆる新兵器がそうである。
夜戦型ヘルキャットが戦力になり、活躍するまでを描く。
日本人としては、夜戦型ヘルキャットに日本軍機が落とされていくのが口惜しいが、非常に興味深く読める一編である。

まあ、飛行機マニアには面白く読める一著かと思う。

自分の評価
★★★☆☆50点

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渡辺洋二「異なる爆音―日本軍用機のさまざまな空」を読破!!

北朝鮮の話題もだいぶ減ってきたように感じる。
警戒が薄くなった頃に発射するつもりであろうか。
いずれにしても表面的には狡賢く立ち回っているようで、実は自分の首を絞めているよい一例だと思う。

異なる爆音―日本軍用機のさまざまな空 (光人社NF文庫)異なる爆音―日本軍用機のさまざまな空 (光人社NF文庫)
(2012/04/30)
渡辺 洋二

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またまた渡辺洋二作品である。
そのせいか、PV数が下がっているのだが、まあ仕方がない。
これも短編集である。
これは、けっこう、おもしろかった。
吾輩がかねてより興味を持っていた機体や部隊について書かれていたからだ。

内容(カバー裏面より引用)
『機動部隊のような壮大な航空戦と異なり戦史に特筆されない戦場のエピソード。
対潜哨戒、首都圏防空、飛行実験部などバラエティーに富んだ陸海軍航空機種で地道な任務をやりとげた、搭乗員たちの衝撃の空戦の事実
―――戦争の進展に伴い予想をくつがえした戦場の空に登場した多彩な日本軍用機とその戦い方を描く。』

第一章は、「欧州の威力は零戦に通じず」。
オーストラリア空軍のスピットファイアと日本海軍の零戦の空戦記録。
全体を通じて、零戦に軍配があがったと。。。。
豪空軍のスピットファイア隊は、英空軍で欧州戦線を戦った部隊であったので、大戦中期までであったら、零戦でも欧州戦線で通用したのではなかろうかと本書を読んで思った。

第二章は、「シンガポールへの新兵器」。
これを読んで、昭和20年になっても、シンガポール方面に兵器の補給がされていたことを知った。
また、戦争末期にシンガポール方面で零戦が活躍していたことも知った。
フィリピンが陥落して完全に南方と日本本土が断絶した訳ではなかったようだ。
そんなシンガポールに送られた零戦63丙型のお話。
射爆照準器を新型にしたのが、63丙型の特徴であったようだ。

第三章は、「「瑞雲」偵察席から」。
水上爆撃機「瑞雲」の開発から、それを装備した634空の戦いまでを描く。
「瑞雲」は、吾輩の好きな飛行機の一つなのである。
それに加えて、沖縄戦で特攻をせずに夜間攻撃を繰り返した634空にかねてより興味があったので面白く読めた。
634空は、フィリピン戦と沖縄戦で戦った。
まあ、水上機であるから、損失に見合った戦果は挙げられたのか疑問だが、日本軍の部隊が粘り強く戦った稀有な例といってよいと思う。
ちなみに下の飛行機。
Aichi_E16A.jpg

第四章は、「戦いの空と海」。
901空は、船団護衛や対潜哨戒を目的とした航空部隊であった。
901空において97式飛行艇に搭乗して戦った一少尉について書かれる。

第五章は、「船団護衛から夜間雷撃へ」。
戦争中末期に海上護衛総司令部というのがあった。
船団護衛を任務とする司令部である。
その傘下に、特設空母が配備された。
特設空母に搭載された97式艦攻の部隊について描く。
はじめは、船団護衛をしていたが、沖縄戦では夜間雷撃をするようになる。
指揮官、小松万七大尉が、特攻を拒否し、夜間雷撃できるように訓練を施して作戦を続行したからだ。
その時の小松大尉の年齢が23歳。
昔は、大人になるのが早かったとはいえ、なかなか23歳でできることではない。
身の回りで、普段から態度がでかくて攻撃的な言動ばかりしているが、実を言うと気が小さいという人は、よく見かけるが、本当の意味で強い人というのはどういう人なのかということを考えさせられる逸話である。

第六章は、「二機の行方」。
一般にあまり知られていない、二機しか製造されなかった97式艦上偵察機の軌跡を追う。

第七章は、「硫黄島を眼下に」。
日本陸軍の航空部隊は、洋上航法が苦手であったので、主に陸地づたいのところで行動したが、例外的に硫黄島で作戦行動をした部隊があった。
その部隊について描く。

第八章は、「撃墜は金の星」。
武装司偵のお話。
まあ、百式司令部偵察機に機関砲を積んで戦闘機とした部隊のお話である。
それほどは、活躍できなかったと。。。。
このことについては、渡辺氏は、何冊かの本で取り上げている。

第九章は、「新人の百偵、老練の百偵」。
航空審査部飛行実験部の偵察隊の活躍を描く。

第十章は、「空中大砲、敵を得ず」。
大戦末期に登場したキ102のお話。
キ102は、戦闘機型、襲撃機型などがあった。
戦闘機型は、ターボ過給器を搭載して高度一万メートルでB29に対抗可能だったが、登場時期が遅過ぎて活躍できなかった。

第十一章は、「最長活動の双軽部隊」。
中国戦線で戦った99式双軽について描く。

吾輩としては、「シンガポールへの新兵器」「「瑞雲」偵察席から」「船団護衛から夜間雷撃へ」「空中大砲、敵を得ず」が面白かった。
ほとんどの本は、主戦線での戦いに焦点を当てがちだが、渡辺氏は、いろんな方面での戦いをピックアップして紹介してくれるので、一言に太平洋戦争といっても、いろんな側面があったことが分かる。
お薦めの一冊である。

自分の評価
★★★★☆70点

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渡辺洋二「戦雲の果てで―語られざる人と飛行機」を読破!!

今日の東京は快晴。

戦雲の果てで―語られざる人と飛行機 (光人社NF文庫)戦雲の果てで―語られざる人と飛行機 (光人社NF文庫)
(2012/09/30)
渡辺 洋二

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また、渡辺洋二作品。
今までの渡辺氏の作品は、兵器や戦いに焦点を絞ったものが多かったような気がするが、本書は、任務とか兵種などに焦点を絞っているような気がする。

内容(カバー裏面より引用)
『濃霧に閉ざされた零下二〇度の占守島、熱帯雨林に覆われた東部ニューギニアで想像を絶する戦闘にのぞんだ航空兵たち。
蒼空を彩るような航空戦の舞台のかげで任務達成の重圧に耐えながら、人知れず努力を積みかさねる将兵たちの責任感。
航法、偵察、整備、要務など陸海航空を支えた人々が担った過酷な運命を描く。』

第一章が、「筑波隊残像」。
昭和20年2月の時点で筑波空で戦闘機専修・実用機教程の訓練を受けていたのは、第七十三期兵学校生徒出身の第四十二期飛行学生と、第十四期飛行専修予備学生を終えた第十四期飛行特修学生であった。
兵学校出身者が学生出身者に制裁を加えるということが多く、その挙句、特攻に送られたのは、ほとんど学生出身者であったとのこと。
世の中とは理不尽なものだとは分かりつつも、やるせない気になる。
第十四期飛行特修学生たちの戦いが書かれる。

第二章が、「陸偵隊に来た七人」。
第十三期飛行専修予備学生出身の七名は、三〇二空の陸偵隊に配属される。
その後の七人の軌跡を追う。
戦争において、生死を分けるものは紙一重だということを思い知らされる。

第三章が、「整備士官の分岐点」。
練習部隊である元山空での整備士官たちの戦争を描く。
シベリア抑留されたのは、ほとんどが陸軍の将兵であったが、元山空の隊員など一部海軍の将兵もいたようだ。
それにしても、元山空司令の青木大佐は情けない。

第四章が、「要務士たちのフィールド」。
要務士とは、昭和19年に初めて部隊に配属された新しい飛行科士官の職種だそうな。
飛行機には搭乗せずに間接業務や管理業務(戦闘記録や人事記録等)を担当する士官である。
要務士たちが経験した太平洋戦争を描く。

第五章が、「吹雪と濃霧と航空戦」。
北千島で行われた航空戦について描かれる。
北千島における邀撃戦では、日本軍はレーダーをうまく使用していたようだ。
しかし、主戦線ではなく、米軍は、日本軍の戦力をなるべく多く北千島方面に釘付けする方針であったようだ。

第六章が、「下士官兵は強かった」。
日本陸海軍のパイロット育成制度について書く。
下士官は強かったと。。。。
昔も今も変わらん事実であるような気がする。
上に行けば行くほど無能になると。。。

第七章が、「社長たちはそのとき」。
戦後に社長となった数人の戦中の行動を描く。

第八章が、「苦い改造」。
日本陸軍は、百式司令部偵察機三型に機関砲を搭載してB29邀撃に使用した。
その結果は。。。

第九章が、「陸軍航法、開花す」。
陸軍は、戦前まで、想定していた戦場が地上であったので、洋上航法を習得していなかった。
そんなわけで、海軍に洋上航法を学ぶ訳である。
そして、陸軍の航法者の活躍を描く。

第十章が、「戦う偵察将校」。
陸軍航空隊において、機長を務めるのは一般的に操縦者であったらしい。
しかし、例外は、偵察機で、敵戦力を偵察するのが目的であったので、偵察員に重きが置かれ、偵察員が機長となることが多かった。
そんな陸軍偵察員の戦いを描く。

第十一章が、「超高空への技術戦」。
今までとは打って変わって、欧州戦線の航空戦を簡単に書く。
それも、1万メートル以上の超高空を戦場にした戦いである。
ドイツ空軍は、1939年にはJu86を改造して1万1千メートルから偵察や爆撃を行っていた。
それに対して、イギリス空軍は、スピットファイアを改造して対抗する。
対抗策は対抗策を呼び。。。。
これを読む限り、ターボ過給機や与圧室についての技術は、日本は米英独に5年は遅れていたのではなかろうかと思われる。

第十二章が、「北海の雷撃戦」。
ドイツ艦隊に対するイギリス雷撃機部隊の奮闘を描く。
雷撃に関しては、日本は、独英に対して、技術的に優位であったのではなかろうかと思う。
急降下爆撃に関しては、同じぐらいかな。

パイロットだけではなくて、整備や偵察、要務といろんな種類の人々がいて部隊が運営されているということが分かる一著である。

自分の評価
★★★☆☆65点

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渡辺洋二「異端の空―太平洋戦争日本軍用機秘録」を読破!!

は~、できるならば、もうちょっと楽に人生送れないだろうかと思う今日この頃。

異端の空―太平洋戦争日本軍用機秘録 (文春文庫)異端の空―太平洋戦争日本軍用機秘録 (文春文庫)
(2000/07)
渡辺 洋二

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また、渡辺洋二作品。
しばらく、これが続きます(汗)。
本作も短編集である。

内容(カバー裏面より引用)
『ドイツから潜水艦によって届けられた設計図を基に試作された日本初のロケット戦闘機「秋水」。
降魔の剣として全軍の期待を集めながら、一瞬の煌きとともに消え去ったその真実が50年ぶりに甦る。
そのほか、日本最速の実験機、米軍を唖然とさせた前翼機など、蒼空に棲む魔物を追いかけた男たちの姿を描く傑作ノンフィクション集。』

第一章が、「秋水一閃」。
大戦末期に日本で試作されたロケット戦闘機「秋水」について書かれる。
ちなみに下の戦闘機。
J8M_Shusui_Sword_Stroke_Komet_J8M-10.jpg

ドイツでは、ジェット戦闘機とロケット戦闘機が実用化され、実戦に登場していた。
しかし、その後、ジェット戦闘機は、主流となったものの、ロケット戦闘機は、主流どころか傍流にもならず、開発されなくなってしまう。
ロケットの性質上、飛行可能な時間が短かったからだ。
日本軍は、後に主流となるジェット戦闘機よりもロケット戦闘機に期待をかける。
そして、終戦間際に、テスト飛行を行うが。。。。

第二章が、「無敵伝説へのプロローグ」。
零戦が配備されて、中国上空で無敗だった頃のお話。
あまりにも有名な話である。
日本人の栄光といってよいかと。。。

第三章が、「ユングマンの満州」。
ビュッカーBu131ユングマンは、ナチスドイツの初等練習機だそうな。
ユングマンは、若者という意味。
日本でも日本海軍が二式初歩練習機「紅葉」として九州飛行機で、日本陸軍が四式基本練習機として日本国際航空工業でライセンス生産した。
本章では、日本陸軍がユングマンを使用して満州でパイロットを育てたことについて書いている。
満州は、戦争末期まであまり戦火が及んでなかったと言ってよいが、ソ連参戦後は、天国から地獄に変わった。
世の中、何がどうなるかわからん例の一つだと思う。

第四章が、「過負担空域に苦闘す」。
米海軍とは違って、日本海軍では、水上機を多用して、それらが活躍した。
米軍は、飛行場を設営する能力が日本軍より大幅に大きかったので、水上機を必要としていなかったという事情もある。
そんな日本海軍の零式観測機が南太平洋戦域で苦闘した様子を書く。
ちなみに、下が零観。
F1m_00637_2g.jpg

第五章が、「大艇、多難のとき」。
日本海軍が誇った二式大艇。
四発大型飛行艇である。
日本海軍は、飛行艇に爆撃能力を持たせたりしたが、陸上機に敵う訳もなく、戦争中期からは、輸送任務にしか使用されなかったらしい。
渡辺氏は、対潜作戦に使用すべきであったと述べられている。
確かに、アメリカやイギリスは、対潜掃討のために飛行艇を多用している。
これも、日本海軍首脳に定見がなかったために、性能のよい機材を無駄にしてしまった例である。
関連記事
二式飛行艇
※お台場の船の博物館にかつて展示されていた二式大艇。

第六章が、「最高レシプロ機「研三」」。
研三(けんさん)は、東京帝国大学航空研究所が基本設計し、川崎航空機が製造した日本陸軍の高速研究機である。
本書には、写真が掲載されているが、いかにもスピードが出そうな流麗な、かっこよい機体である。
ドイツから輸入したDB601をチューンアップして使用したと。。。
「研三」について書かれた本は、初めて読んだので、おもしろかった。
ただ、戦局の悪化より、この後の研究機が製作されなかったのが残念である。

第七章が、「前翼型戦闘機「震電」」。
「震電」については、かなりの本が出ていると思う。
渡辺氏も、この作品以外でも震電について書いている。
ので、省略。

まあ、メインは、しょっぱなの「秋水」なのかなという感想を抱いた。
が、他のユングマン、零観、大艇、研三についての短編も面白い。
零戦に飽きた人向けの一冊。

自分の評価
★★★☆☆65点

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渡辺洋二「重い飛行機雲―太平洋戦争日本空軍秘話」を読破!!

なんか肩が凝る今日この頃。

重い飛行機雲―太平洋戦争日本空軍秘話 (文春文庫)重い飛行機雲―太平洋戦争日本空軍秘話 (文春文庫)
(1999/08)
渡辺 洋二

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内容(カバー裏面より引用)
『覚醒剤を投与され続けた夜間戦闘機のパイロット、味方に撃墜され北溟の海に消えた真珠湾のヒーロー、玉音放送の直前に飛び立ち還らなかった特攻隊員。
さらに戦後も長く反乱軍の汚名を着せられた厚木抗戦事件の真相など、戦史の闇に埋もれかけた人々の姿が活き活きと甦る。
戦争とは何か?
戦うことの意味とは?』

一編目が、四十五年目の真実。
月光に搭乗してB29六機を撃墜した黒鳥四朗少尉の話。
関連記事
黒鳥四朗著、渡辺洋二編「回想の横空夜戦隊」を読破!!

二編目が、さいはて邀撃戦。
アリューシャンから米軍爆撃機を邀撃した日本軍航空部隊の話。

三編目が、敵国から凱旋。
捕虜になった一式陸攻の搭乗員の話。

四編目が、激突の果てに。
B24と月光が激突しながら両機生還し、その搭乗員が戦後、再会するという話。

五編目が、特攻隊、海軍にただ一つ。
陸軍においては、空対空の特攻隊は、数多く編成されたが、海軍においては、一つだけであった。
それは、フィリピンで編成された金鵄隊。
B24をターゲットにしたものであったようだ。

六編目が、主戦場は夜の沖縄。
特攻を拒否して、夜間攻撃を主体にして戦った芙蓉部隊の話。
関連記事
渡辺洋二「彗星夜襲隊―特攻拒否の異色集団」を読破!!

七編目が、空と海で特攻二回。
B29に対する特攻を成功させた後に生還し、その後、米機動部隊への特攻に出撃し戦死した四宮徹中尉の話。
特攻は、一回だけでよいよな~という感じです。

八編目が、新撰組隊長の討ち死に。
紫電改を装備した三四三空の戦闘三〇一飛行隊長の菅野直中佐の話。

九編目が、「流星」の名のごとく。
大戦末期の新型艦上攻撃機「流星改」部隊である攻撃第五航空隊。
「流星改」は、吾輩が好きな飛行機の一つである。
ちなみに下の飛行機。
Aichi_B7A2.jpg
大戦末期としては、攻撃第五航空隊はそれなりの練度をもって機動部隊攻撃に投入されたものの、直掩機なしに攻撃にだされたので、戦果をあげずに終わったと。。。

十編目が、最強の防空部隊・三〇二空。
第三〇二海軍航空隊は、日本海軍の本土防衛の主力戦闘機隊として、太平洋戦争終盤に関東上空の迎撃・戦闘行動に従事した。
司令は、小園安名中佐であった。

十一編目が、三〇二空の最後。
その三〇二空は、終戦後に継戦しようと抗命事件を起こした。
その顛末。

流星改を装備した部隊の戦記は、はじめて読んだので、面白かった。
艦上攻撃機、爆撃機として優秀だったものの登場時期が遅すぎたようだ。
残念である。

自分の評価
★★★☆☆55点

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プロフィール

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Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
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