タヌキおやじの日々の生活 東北の城     

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

城郭シリーズ第207弾『久保田城』

弘前に一泊し、7月11日(木)の朝、秋田に向かう。
弘前から秋田までが遠かった。
隣県だというのに、3時間半くらいかかったのではなかろうかと。
関東だったら考えられんな~と思った。
しかし、秋田駅から久保田城が近かったのがせめてもの救いだった。
が、雨がどしゃぶりで難儀した。

ともあれ、久保田城とは、秋田県秋田市千秋公園近辺にあった平山城である。
別名、矢留城、葛根城、秋田城。

歴史
神明山には安東氏配下の三浦氏が所在し、氏神(神明社)を奉っていた。
三浦氏の城は「鎗留ノ城」「矢留ノ城」と呼ばれ、久保田城の別名の由来となっている。
1602年に、久保田藩初代藩主である佐竹義宣、安東氏の居城であった出羽湊城に入城。
1603年に、神明山に新城を築城開始。
1604年に、窪田城本丸竣工。
湊城を破却し窪田城を本城と定める。
1607年に、三の丸と中通廓が新設される。
1633年に、本丸全焼。
1635年に、修築。
「窪田城」から「久保田城」への改称時期は1633年から1645年にかけてと推測されている。
1778年に、本丸全焼。
1781年に、修築。
1868年、戊辰戦争。
久保田藩は新政府軍を支持したため庄内藩・盛岡藩から攻撃を受け(秋田戦争)、領内の大半が戦場となり特に庄内藩には城下12kmまで迫られたが、仙台藩・米沢藩の降伏を受けて庄内藩が撤退したため久保田城は戦禍を免れた。
1871、廃藩置県。本丸に秋田県庁が置かれる。
1880年に、大火により城内の建物がほぼ全焼する。

なんか歴史を見るに火事にえらい弱い城であるなと。。。
焼けては再建し、焼けては再建しと。。。
それにしても佐竹氏は、水戸から秋田まで飛ばされて、すごくへこんだことであろう。
それとも、飛ばされただけで済んでよかったと思ったであろうか。
いずれにしても、秋田の冬は寒そうである。

久保田城スタンプを入手。これで、78/100名城攻略達成。
久保田城スタンプ

久保田城の地図。
久保田城地図

地図中の①の場所。
水堀と土塁である。
久保田城001

地図中の②の場所。
長坂門跡。
久保田城002

本丸の古地図。
久保田城003-0

地図中の③の場所。
御物頭御番所。現存である。
久保田城003-1

本丸表門。再建である。
弘前城の物と似ていると思うのは吾輩だけだろうか。
久保田城003-2

本丸内より。
久保田城003-3

佐竹義堯公。
久保田城004

地図中の⑤の場所。帯曲輪門跡。
久保田城005

地図中の⑥の場所。
久保田城御隅櫓(復元)。
久保田城006-1

同じく。
久保田城006-2

中にあった模型。
久保田城006-3
この後、秋田新幹線に乗って帰京する。
二泊三日で8城を制覇するという強行軍であった。

感想
水戸城もそうだったが、ここも土塁の城である。
佐竹氏は、あまり城には、こだわらなかったようだ。
しかし、秋田は遠い。
北海道だったら、飛行機を使うから、秋田は、地理的に東京から日本中で一番遠いような気がする。
参勤交代も大変だったろうなあ。
佐竹氏がかわいそうだと感じた一日であった。

関連記事
グーグルマップ上で見る日本の城郭―タヌキおやじの足跡

参考
週刊 名城をゆく 48 久保田城・横手城 小学館ウィークリーブック週刊 名城をゆく 48 久保田城・横手城 小学館ウィークリーブック
(2005)
大山邦興

商品詳細を見る


日本百名城インデックス
百名城インデックスへ

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ
スポンサーサイト

城郭シリーズ第206弾『弘前城(その3)』

城郭シリーズ第205弾『弘前城(その2)』の続き。

天守内にあった本丸の模型。
弘前城009-2

本丸内から見た天守。
弘前城009-3

地図中の⑩の場所から見た蓮池。
弘前城010

地図中の⑪の場所。
弘前城011-1

本丸の東部。
弘前城011-2

北の廓にあった武徳殿。
弘前城012

地図中の⑬の場所。
辰巳櫓。重要文化財。
弘前城は、三つも櫓が残っているのに、木やら葉っぱやらで正面から写真を撮れないのが残念である。
弘前城013

地図中の⑭の場所。
未申櫓。
弘前城014

地図中の⑮の場所。
南内門の裏側。
弘前城015-1

表側より。
弘前城015-2
この後、弘前駅前のホテルに泊まる。

感想
見どころがありまくりである。
しかし、木が生い茂っているので、写真が取りづらい。
でも、冬に行くと、雪が積もってるんだろうな~
また行きたいと思う城であることは確かだ。

関連記事
城郭シリーズ第204弾『弘前城(その1)』
城郭シリーズ第205弾『弘前城(その2)』
城郭シリーズ第206弾『弘前城(その3)』
パノラマで見る弘前城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
弘前城 (PHPムック)弘前城 (PHPムック)
(2010/03/26)
西ヶ谷 恭弘

商品詳細を見る


日本百名城インデックス
百名城インデックスへ

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

城郭シリーズ第205弾『弘前城(その2)』

城郭シリーズ第204弾『弘前城(その1)』の続き。

地図中の⑤の場所。
東内門。
弘前城005-2

裏側から。
弘前城005-3

地図中の⑥の場所。
与力番所。これは再建だそうな。
弘前城006-1

同じく。
弘前城006-2

地図中の⑦の場所。
丑寅櫓。
弘前城007-1

同じく。
弘前城007-2

地図中の⑧の場所。
天守である。さすがに現存天守は迫力がある。
弘前城008-1

同じく。本丸は石垣が多用されていることがわかる。
弘前城008-2

本丸への門跡。
弘前城008-3

地図中の⑨の場所。
本丸。
弘前城009-1
城郭シリーズ第206弾『弘前城(その3)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第204弾『弘前城(その1)』
城郭シリーズ第205弾『弘前城(その2)』
城郭シリーズ第206弾『弘前城(その3)』
パノラマで見る弘前城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
私説 弘前城ものがたり―知られざる築城の謎私説 弘前城ものがたり―知られざる築城の謎
(2011/09/30)
田澤 正

商品詳細を見る


日本百名城インデックス
百名城インデックスへ

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

城郭シリーズ第204弾『弘前城(その1)』

根城攻略後、新幹線で新青森駅まで行き、奥羽本線で弘前まで。

弘前城とは、青森県弘前市にあった梯郭式平山城である。
別名・鷹岡城、高岡城。

歴史
1590年に、南部氏に臣従していた大浦為信は、小田原征伐の際に豊臣秀吉より南部氏に先駆けて4万5千石の所領安堵の朱印状を受ける。大浦を津軽と改姓。
1594年に、為信、堀越城(弘前市堀越)を築き大浦城より移る。
しかし、軍事に不向きであることを理由に新城の候補を鷹岡(現在の弘前城の地)に選定。
1600年に、為信は関ヶ原の戦いで東軍に付き、徳川家康より加増を受けて弘前藩が成立。
1603年に、為信、鷹岡に築城を開始。
1604年に、為信、京都にて客死し、築城は中断する。
1609年に、2代信枚(信牧)、築城を再開。
1611年に、鷹岡城がほぼ完成する。
1627年に、落雷により5層5階の天守を焼失。
以後、200年近く天守のない時代が続いた。
1628年に、鷹岡を「弘前」に改称し、城名も弘前城となる。
1810年に、9代藩主津軽寧親、三層櫓を新築することを幕府に願い出て、本丸に現在見られる3層3階の御三階櫓(天守)が建てられた。
1873年に、廃城令発布により廃城処分とされ、この後、本丸御殿や武芸所等が取り壊される。

弘前城スタンプゲトー。これで、77/100名城攻略。
弘前城スタンプ

弘前城の地図。きれいな縄張りである。
弘前城地図

三の丸の外堀。外堀沿いを歩く。
弘前城001-0

地図中の①の場所。
東門。現存である。
弘前城の5つ残っている櫓門の一つ。
弘前城001-1

同じく。
弘前城001-2

裏側から。
弘前城001-3

地図中の②の場所。
四の丸の北門。四の丸という名前は珍しい。
弘前城002-1

地図中の③の場所。
西堀。弘前城は、西側からは攻められないようになっていることがわかる。
弘前城003

地図中の④の場所。
追手門。
弘前城004-1

裏側から。
弘前城004-2

地図中の⑤の場所。
二の丸の水堀と土塁である。
弘前城005-1
城郭シリーズ第205弾『弘前城(その2)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第204弾『弘前城(その1)』
城郭シリーズ第205弾『弘前城(その2)』
城郭シリーズ第206弾『弘前城(その3)』
パノラマで見る弘前城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
弘前城築城四百年―城・町・人の歴史万華鏡弘前城築城四百年―城・町・人の歴史万華鏡
(2011/01)
長谷川 成一

商品詳細を見る


日本百名城インデックス
百名城インデックスへ

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

城郭シリーズ第203弾『根城(その2)』

城郭シリーズ第202弾『根城(その1)』の続き。

城外からみた本丸。
根城003-2

本丸と中館の間の空堀。
根城003-3

本丸の東門。
根城003-4

納屋。
根城004-1

主殿。
根城004-2

馬小屋。
根城004-3

これも馬小屋。
根城004-4

石碑。
根城004-5

本丸の土塁。
根城004-6

工房だそうな。
根城004-7
この後、弘前城攻略のため、弘前に向かう。

感想
八戸の人々の気合いとセンスを感じる城址である。
近くにある博物館も非常にセンスを感じた。
歴史の勉強になる施設群といってよいと思う。
南部師行は、高師直と戦って敗れたのか。
ついに根城は、南朝勝利のための根拠地とはなりえなかったが、南部氏が生き残っていく礎とはなったと思う。
それだけでも、根城を築いた意味があったであろうと思う。

前の記事
城郭シリーズ第202弾『根城(その1)』
関連記事
パノラマで見る根城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
根城跡―陸奥の戦国大名南部氏の本拠地 (日本の遺跡)根城跡―陸奥の戦国大名南部氏の本拠地 (日本の遺跡)
(2007/02)
佐々木 浩一

商品詳細を見る


日本百名城インデックス
百名城インデックスへ

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

プロフィール

tatsunootoshigo

Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
コメント、トラックバック、相互リンク、大歓迎です。

サイト内検索

日本百名城のインデックス

百名城インデックスへ

百名城以外のインデックス

百名城以外インデックス

博物館などのインデックス

博物館などのインデックス

タヌキおやじの足跡

タヌキおやじの足跡

※本ブログにおける訪問した場所の記事とグーグルマップを関連付けたホームページです。

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 その他趣味ブログへ blogram投票ボタン

広告・宣伝

whiteheights-banner3.jpg

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。