タヌキおやじの日々の生活 2010年05月     

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吉村昭「大本営が震えた日」を読破!!

大本営が震えた日 (新潮文庫)大本営が震えた日 (新潮文庫)
(1981/11)
吉村 昭

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最近、戦争物ばかり読んでいるのでバランスを取らねばなあと思ってる今日この頃である。
たまには、女の子受けのする本も読まないと、読書好きの女の子と話をするときに困るのである(笑)。
で、本書も例によって、戦争物なのであった。
太平洋戦争開戦二ヶ月ぐらい前から開戦までを書いたほぼノンフィクションである。
太平洋戦争についてあまり知らない人が読むと、何が書かれているか分からないかもしれないけど、自分ぐらいの歴史通(マニア???)には、興味深く読めた。

太平洋戦争は、日本海軍のハワイ真珠湾攻撃と日本陸軍のマレー半島上陸をもって開始されるのだが、それに伴って、入念な準備と防諜(作戦の企図を隠すこと)がなされたことが分かる。
太平洋戦争において、日本軍は、数々の欠点を露わにするのだが、開戦においては、その長所が出ていたのではないかと思う。

あらすじはというと、1941年12月1日に、日米開戦を指令した極秘命令書が積まれた旅客機「上海号」が、中国軍が支配する地域に不時着してしまう。
大本営は、それを知って、極秘命令書が中国軍の手に渡らないようにあらゆる手を尽くそうとする。
極秘命令書が中国軍の手に渡ってしまうと、奇襲作戦が水泡に帰してしまうのである。
また、日本陸軍のマレー半島上陸作戦と日本海軍の真珠湾奇襲作戦の進行についても書かれている。

途中、真珠湾奇襲作戦のために、連合艦隊が択捉島単冠湾に集結するのだが、その前に択捉島に海防艦を派遣して、択捉島全体の無線を封止したという記述がある。
当時、択捉島に住んでいた人々もえらい迷惑なことであったであろう。
戦争ともなると、もっとも被害を受けるのが、民衆の生活なわけである。

これを読んで思い出したのが、自分のじいさんから聞いた話で、じいさんの家は、徳島県の小松島湾沿いにあって、日本海軍の水上機基地が和田島という湾の南側にあったのだが、戦時中は、その方向を見るとそれだけで、憲兵に連れて行かれたとのこと。
本当に連れて行かれた人がいるかどうかは分からないけど、うちのじいさんはそう言っていた。
いやはや、大変な時代ですね。
今は、その基地は、海上自衛隊の小松島航空隊基地となっていて、哨戒ヘリの飛行を見ることが出来るわけです。

ともあれ、この本は、マレー半島上陸作戦と真珠湾奇襲作戦の一側面を書いた良著であると思う。
ある程度、歴史に通じた人が読んだら面白いかもしれないです。

自分の評価
★★★☆☆75点

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