タヌキおやじの日々の生活 2014年02月     

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宇田川武久「戦国水軍の興亡」を読破!!

戦国水軍の興亡 (平凡社新書)戦国水軍の興亡 (平凡社新書)
(2002/10)
宇田川 武久

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海軍の本を読むことは多いけど、水軍についての本は、はじめてではなかろうかと思う。
本書は、特に、朝鮮の役での朝鮮水軍との海戦について頁を割いているので、貴重なのではなかろうかと思う。
ただ、前半における、村上水軍など、瀬戸内海にいた海賊衆の記載が、まとまりがなくて、読みづらかったように思った。

内容の紹介(カバーより引用)
『古来、瀬戸内海は海賊衆と呼ばれる海の武士団が活躍した海であった。
室町時代に入って守護大名の支配力が強まると、彼らは「警固衆」としてその軍事力の一翼を担い、戦国時代には毛利氏や織田氏、豊臣氏などの水軍に組み込まれた。
独立した海賊衆から警固衆へ、そして戦国大名の水軍への変遷の軌跡、その軍事力の土台となった船や兵器、朝鮮水軍との関わりなど、海を舞台に戦い、徳川家の天下統一とともに消えていった海の武士たちの戦国史を描く。』

目次
はじめに
第一章 兵学者が見た海賊と水軍
第二章 西国守護大名の警固衆
第三章 警固衆の没落と戦国水軍の誕生
第四章 毛利水軍の発展と海賊衆の解体
第五章 豊臣氏の水軍編成と天下統一
第六章 戦国時代の軍船と武器
第七章 対外戦のなかの朝鮮水軍
むすびにかえて
あとがき

興味深かったのは、朝鮮水軍についての記載だ。
朝鮮水軍が結成されたのは、高麗王朝が、倭寇に対抗するためであった。
それが、李氏朝鮮にも受け継がれて、朝鮮の役で日本水軍と戦うために役立ったということらしい。
ただ、名将、李舜臣を取り巻く李氏朝鮮の状況を見ると、おおよそ、官僚主義みたいなものが蔓延してて、その点は、日本水軍の方が、柔軟であったようだ。
日本の海賊については、はじめは、安芸武田氏や大内氏や伊予河野氏の傘下で警固衆という名称で活躍し、次第に、毛利水軍、織田水軍、豊臣水軍となっていき、朝鮮の役では、朝鮮水軍と戦うことになる。
海の戦いでは、朝鮮水軍が優勢であったような印象があるが、おおよそ、互角の戦いであったように感じる。
しかも、李舜臣がいない海戦では、日本水軍は、ほとんど勝利を収めている。
織田信長が建造した鉄甲船や李舜臣が建造した亀甲船についての記載もある。
陸戦と同じで、海戦も鉄砲が出現する前は、弓矢や槍による攻撃が主であったが、次第に、鉄砲や大砲による攻撃が多くなってくる。
また、日本の軍船は、安宅船という戦艦みたいな船と、小早船、早船という小型で快速の船で編成されていたみたいだ。
日本の軍船は、竜骨がなくて、その点、朝鮮の軍船に比べて、劣っていたということを聞いたことがあったが、そういうことは書いていなかった。
もうちょっと、船の構造についても記載してくれるとうれしかったのだが。
まあ、水軍について知りたい人にはお薦めの本である。

自分の評価
★★★☆☆60点

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関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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