タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第266弾『ヨーク城(その1)』     

城郭シリーズ第266弾『ヨーク城(その1)』

我輩のヨーク小旅行は、ヨーク駅→城壁沿いに歩く→ヨーク城博物館→ヨーク城→バイキングセンター→城壁沿い→ヨークミンスター→ヨークシャー博物館→鉄道博物館
というふうに進行したわけである。
そういうわけで、今回は、ヨーク城。

歴史はというと、、、
1068年に、ウィリアム征服王がモット&ベイリー形式で建築した。
はじめは、木造であったと。。。
そして、スカンジナビアなどからデーン人らの襲来があり、1070年に炎上したと。。。
しかし、ノルマン人は、この地域を支配下におさめた。
そして、13世紀には、石造の城郭に作り変えられたらしい。

ヨーク旧市街の地図。
①が古代ローマ軍団基地だったところ。
②が市街城壁。
③がヨーク城。
これをみると、それぞれの合理的理由によって選地がされていることがわかる。
ローマ軍は六千人が籠るのに有利な土地、一辺が川で一辺が沼に接していて守り易い地形を選んでいる。
そして、ヨークという都市は、二つの川の合流点、つまり、水運がしやすいところに設けられている。
ウィリアム征服王が建築したヨーク城は、千人以下の兵力で籠城しやすい土地、二つの川の合流点の丘に設けられている。
ヨーク城地図

ウィリアム征服王が建築した頃は、木造であったと。。。
本丸みたいのが丘の上にあって、二の丸とつながっている形式をモット・アンド・ベイリーというのだそうな。
英国ではかなりみられる形式だそうな。
ヨーク城復元図1

それが石造に作り替えられる。
ヨーク城復元図2

模型ではこんな感じである。
現在残っているのは、本丸部分のクリフォードタワーと二の丸の少し。
ヨーク城復元模型

かつてのヨーク城二の丸の古絵だそうな。
現在は、二の丸はほとんど壊されて、監獄になった後、現在は博物館になった。
ヨーク城絵

これが二の丸の城壁。
どのぐらいがもとよりあるものかは分からない。
ヨーク城 001-1

同じく。
ヨーク城 001-2

同じく。
ヨーク城 001-3

同じく。櫓。十字の銃眼が見える。
ヨーク城 001-4

同じく。
ヨーク城 001-5
城郭シリーズ第267弾『ヨーク城(その2)』に続く。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
サクソン/ヴァイキング/ノルマン―ブリテンへの来寇者たち (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)サクソン/ヴァイキング/ノルマン―ブリテンへの来寇者たち (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)
(2000/12)
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