タヌキおやじの日々の生活 塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」下巻を読破!!     

塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」下巻を読破!!

皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下
(2013/12/18)
塩野 七生

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下巻は、はてしないローマ法王との戦いとフリードリッヒの国づくりに多くが費やされる。
ナナミンによればフリードリッヒは、政教分離を推し進めようとしたとあるが、そこまでは考えなくても、ローマ法王が口出しできない国づくりをしようとしていたということは言えるのかと思う。
しかし、フリードリッヒは、先駆者でありすぎた。
また、彼がつくった国は、彼の力量によるものが大きかった。
そのため、彼の帝国は、彼の子たちが次々に非業の死を遂げ、ついには瓦解してしまう。

目次
第七章 すべては大帝コンスタンティヌスから始まる
間奏曲(intermezzo)
第八章 激突再開
第九章 その後

宗教というのは人の助けにもなるのだろうが、厄介なものでもある。
特に、宗教指導者とか信者が狂信的になったとき、厄介だ。
ルネサンスや産業革命を経て、キリスト教は穏健化するが、現代でもイスラム教の一部は、狂信的といえるのかと思う。
フリードリッヒの時代にローマ法王がはじめたのが、異端裁判だそうな。
魔女狩りというやつである。
現在では、過去にローマ法王が行った過ちの一つであるとされる。
その災厄というと、すさまじいものであったらしい。
フリードリッヒは、北部イタリアの都市国家の攻略を始める。
このことは、政教分離などと同じく、ローマ法王の反感を買うことであった。
彼の子たちは、ローマ法王と和解しようとして失敗するが、フリードリッヒがローマ法王と敵対しすぎたのが原因ともいえる。
フリードリッヒのやり方はあまりにも急進的過ぎたと言えるであろう。
かれは、何度も結婚して愛人もたくさんいたので、嫡子や庶子がたくさんであった。
おもしろいのは、跡継ぎ以外は、一緒に育てたこと。
また、将来の国の幹部である諸侯の息子たちも一緒に育てたことである。
神聖ローマ帝国の士官学校みたいなものであろうか。
そのため、フリードリッヒの死後も、仲間割れはほとんどなかった。
フリードリッヒの時代に、幹部候補生による反乱未遂があったくらいである。
前に、チェーザレ・ボルジアが日本の織田信長に似ていると書いたが、この人も織田信長に似ているところがあると感じた。
時代の革命児たちがどのように生き、その影響が現在にどのように及んでいるかを知るためによい本かと思う。

自分の評価
★★★★☆70点

上巻の記事
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」上巻

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今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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「はやきこと風の如く、
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