タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第295弾『萩城(その1)』     

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城郭シリーズ第295弾『萩城(その1)』

津和野から萩にかけてクルマを運転していると、雨がどしゃ降りになってきたのである。
萩城のまえで、しばらく雨がやむのを待つも、なかなかやまないのでどしゃ降りの中、萩城に登城した。

萩城(はぎじょう)は、山口県萩市にあった梯郭式平城、山城である。
別名・指月城(しづきじょう)。

歴史
戦国時代、指月山に津和野城主・吉見氏が出城を構え、のちに吉見正頼の隠棲所となった。
1600年に、関ヶ原の戦いで毛利輝元は敗戦により隠居を命じられ、家督を継いだ秀就は防長2国36万9411石余に減封された。
1603年に、幼少の秀就に代わり、輝元は後見役として萩・山口・三田尻の3ヵ所を城地の候補とし、幕府に裁可を求めた。
これに対し幕府は、海に臨み要害の地である萩が良いとの回答をしている。
これは外様大名の雄、毛利氏を山陰の僻遠地に押し込める政策とも言われている。
1604年に、萩城建造に着手。
指月山に連なる干潟を埋め立て、城地を建造した。
輝元は、本丸御殿などまだ一部しか出来ていなかった11月に、早々に入城した。
1608年に、落成。
平時に建設された城ではあるが、指月山に詰の丸を配するなど、戦時を意識した構えとなっている。
1863年に、時の藩主・毛利敬親は幕府に無許可で藩庁を山口政事堂(山口市)に移し、萩城は藩庁としての役目を終えた。
1874年に、廃城令により天守・櫓などの建物を破却。

まあ、長州藩の本拠として有名な城である。
とりあえず、96/100名城攻略達成。
これで残るは沖縄と北海道だけになったなあ。
ここまで長かった。いろんなことがあった。。。しみじみ。。。
萩城スタンプ

萩城の現在図。
二の丸の堀は埋め立てられている。
萩城000

地図中の①の場所。南門跡。
萩城001-1

毛利輝元公の銅像。
あんまり偉い人とは思わんが、長州藩の初代ということで銅像があるものと思われる。
萩城001-2

喰い違い虎口みたいになっている。
萩城001-3

地図中の②の場所。本丸門跡。
萩城002-1

同じく。
萩城002-2
萩城002-3

地図中の②の場所。東門跡。
萩城003-1
萩城003-2

地図中の④の場所。天守台。
萩城004-1
その2に続く。

関連記事
城郭シリーズ第295弾『萩城(その1)』
城郭シリーズ第296弾『萩城(その2)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考


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現在、日本百名城攻略中!!
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