タヌキおやじの日々の生活 遺跡シリーズ第26弾『松陰神社・郡司鋳造所跡』     

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遺跡シリーズ第26弾『松陰神社・郡司鋳造所跡』

萩に一泊した後、松陰神社へ。
まあ、吉田松陰を祀っている神社であり、松陰が松下村塾を開いたり、処刑される前に幽閉されていたりするところである。

松陰神社の鳥居。
松陰神社001

これが松下村塾を開いていた小屋。
まあ、寺小屋みたいなものだろう。
松陰神社002

別の角度から。
この小屋から維新の種が育っていったのかと思うと、感慨深いものがある。
まあ、いつの時代も教育が大事ということでしょう。
その教育も金をかけるだけではだめで、魂が込められていないとだめらしい。
松陰神社003

そして、これが松陰が処刑前に蟄居していた家屋。
松陰神社004

次に松陰神社の隣にあった郡司鋳造所跡に行く。
ここで、大砲の鋳造などを行ったらしい。
下関戦争で西欧艦隊の陸戦隊にぶんどられた長州藩の大砲があるのだが、ここで造ったものがあるみたいだ。
いわゆる長州砲とか呼ばれているんだろうか。
上の三つの容器の中で鉄を溶かして真中の鋳型に流し込んで大砲を作ったようだ。
郡司鋳造所004

これが大砲の鋳型。
郡司鋳造所005

この三つが鉄を溶かす容器。
郡司鋳造所006

このように鋳造したと。。。
郡司鋳造所002

長州藩の台場にあった長州砲。
これは、四カ国艦隊に占領された時の写真であろう。
コテンパンにやられて長州藩は攘夷の無意味さに気づいたわけである。
郡司鋳造所001

長州砲のレプリカ。
郡司鋳造所003
この後、萩反射炉跡に向かう。

感想
生まれて初めて松陰神社に行った。
まあ、日本を代表する文化遺産と言ってよいかと。。。
太平洋戦争の悲劇はあったものの、おおよそ日本が外国の侵略をうけなかったのは、松陰の門下生たちが活躍して明治維新を興したことが要因の一つかと思う。
ありがたや、ありがたや。

参考


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