タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第300弾『館林城(その2)』     

城郭シリーズ第300弾『館林城(その2)』

城郭シリーズ第299弾『館林城(その1)』の続き。

三ノ丸内にあった資料館内のジオラマ。
これは、西側から見た館林城である。
左にあるのが外郭で、右が手前から三ノ丸、二ノ丸、本丸および南郭。
館林城 002-01

東側から見た館林城。
左手前から八幡廓、本丸、二ノ丸、三ノ丸。
右手前から稲荷郭、外郭。
館林城 002-02

二ノ丸の跡。多分、掘ればなんか出てくるであろう。
奥にあるのが、本丸南西部の土塁(地図参照)。
館林城 003-01

石垣は後世のものである。
館林城 003-02

同じく。井戸があるが、これも後世のものではなかろうか。
館林城 003-03

本丸内側から見た本丸南側の土塁。
館林城 003-04

本丸外側から見た本丸南側の土塁。
館林城 003-05

続いて、侍町にある武家屋敷。
館林城 004-01
館林城 004-02
館林城 004-03

感想
館林城が惣構えであったというのは、最近初めて知った。
おそらく、惣構えというのは、日本の城の最終形態なのであろうと思う。
政治と防御を両立させようとすると、結局は後北条氏の小田原城のような形態になる。
最近の研究では、日本各地のかなりの城の最外郭は民衆の避難場所に当てられていたらしい。
籠城戦になるたびに城下町を焼かれたり、民衆が殺されていたのでは、民衆も領主もたまったものではないのであろう。
日本の城は、城塞都市というものではなくて、あくまでも戦闘員(武士)だけが籠るものというイメージが大きいが、最終的には欧米や中国などの城郭都市に近づいていたというのは興味深い事実である。

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現在、日本百名城攻略中!!
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