タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第310弾『笠間城(その1)』     

城郭シリーズ第310弾『笠間城(その1)』

茨城県笠間市にある笠間城に行ってきた。
久々の山城である。しかも、城址は駅から離れているのでかなりの距離を歩いた。

下野守護宇都宮頼綱は甥の笠間時朝を派兵した。
1205~1209年に、下野守護宇都宮氏の一門である笠間時朝は、佐白山山麓・山頂に築城した。
その後、南北朝時代には、笠間氏は南朝方について戦った。
1590年、小田原征伐後、笠間氏は宇都宮氏に攻められ滅亡する。
1598年に、蒲生郷成が入城し、織豊系城郭に改修されたと考えられている。
その後、松井松平家、小笠原氏、戸田松平家、永井氏と城主を変える。
永井氏の後は、外様大名の浅野氏、井上氏、本庄氏、再び井上氏と城主を変えた。
そして、井上氏の後は、牧野貞通が入城し、以後廃藩まで牧野氏が居城した。

関東では珍しい石垣を使った城であるそうな。
本丸にあった復元図。一部は石垣が使用されている。
笠間城 000

地図中の①の場所。
土塁になっていて、左側が千人溜となっている。
おそらく、大手門の前で軍勢を整えるところであろう。
笠間城 001

地図中の②の場所。
千人溜から見た大手門の前。復元図ではそうはなっていないが、矩形の馬出しになっていたようだ。
笠間城 002-1

大手門から見た馬出。
左右は堀になっている。
笠間城 002-2

大手門跡。向かい側に石垣が残る。
笠間城 002-3

石垣。
笠間城 002-4

地図中の③の場所。本丸。
本丸はだいぶ整備されている。
奥の土塁上に八幡櫓が建っていた。
笠間城 003-1

天守曲輪側からみた本丸の土塁。
笠間城 003-2

真浄寺に移築された八幡櫓。
こいつが上の土塁上に建っていたと。。。
笠間城 003-3

地図中の④の場所。
本丸と天守曲輪の間。
左右が空堀になっていて、天守までまた登らなければならない。
笠間城 004-1
その2に続く。

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参考

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