タヌキおやじの日々の生活 高木晃治、ヘンリー境田『源田の剣―米軍が見た「紫電改」戦闘機隊 全記録』を読破!!     

高木晃治、ヘンリー境田『源田の剣―米軍が見た「紫電改」戦闘機隊 全記録』を読破!!



日本海軍航空隊最後の華を飾ったといわれる海軍343航空隊。
当時の新鋭機、局地戦闘機「紫電改」を装備し、一部には、熟練パイロットを揃えた期待の戦闘機部隊であった。
その部隊の全記録といってよいと思う。

目次
紫電改CGイラスト
引き揚げられた紫電改

第一部 剣部隊「紫電改」の登場
序章 戦いの序曲 1945年3月18日(松山)
第一章 第343海軍航空隊の誕生
第二章 銃火の洗礼 松山上空大空戦 3月19日
第三章 空から降下した人たち
第四章 川西N1K2-J「紫電改」

第二部 特攻隊突撃路啓開
第五章 奄美大島・喜界島制空
第六章 鹿屋の悲劇 撃墜王杉田庄一上飛曹戦死 4月15日
第七章 第二回喜界島制空戦闘 4月16日(鹿屋)

第三部 B-29「超・空の要塞」との戦い 1945年4~5月
第八章 南九州上空B-29迎撃 1945年4月(第一国分ー大村)
第九章 東九州上空B-29迎撃 1945年5月(大村)

第四部 奔命の日々 1945年5月(大村)
第十章 空母戦闘機との戦い
第十一章 九州西方海面哨戒機掃討戦(大西)

第五部 米陸軍・海軍・海兵隊戦闘機隊と戦う 1945年5月下旬~7月上旬(大村)
第十二章 「紫電改」対P-47「サンダーボルト」 5月28日
第十三章 空母シャングリラ隊との戦い 1945年6月(大村)
第十四章 米軍沖縄基地戦闘機隊と交戦

第六部 空中指揮官還らず 1945年夏(大村)
第十五章 豊後水道上空の決闘 鴛淵孝大尉以下六機未帰還 7月24日
第十六章 「カンノ一番、カンノ一番!」菅野大尉帰らず
第十七章 終末の日々 1945年8月(大村)

第七部 戦いの跡
第十八章 米軍進駐 アメリカ海兵隊戦闘機隊来着(大村)
終章 海底に眠っていた「紫電改」
巻末資料

戦闘記録や当時者たちの証言などをもとに、343航空隊の戦闘について、詳細に検討し、当時の真実に迫っていくという内容になっている。
また、一般に日本人が抱く343空の印象と、実際の343空の実状の差がわかる内容となっている。
ただし、やはり343空は、当時の日本海軍航空隊の中では、屈指の存在であり、343空と対戦した米軍パイロットも口を揃えて、手強い敵であったと賞賛している。
源田大佐が率いた343航空隊は、二代目であり、一代目343空は、サイパン戦の前に、壊滅している。
そして、源田大佐が二代目を編成したのが、1944年12月であった。
初陣が1945年3月19日であったので、編成後3ヶ月の訓練で実戦に投入されたことになる。
ちなみに、二代目343空は、剣部隊という名称であった。
本書の書名が、「源田の剣」であるのは、源田大佐が率いた剣部隊という意味であると思われる。
剣部隊は、戦闘301飛行隊、戦闘701飛行隊、戦闘407飛行隊、偵察4飛行隊と、錬成用の戦闘401からなっていた。
錬成用の部隊を持っていたのは、美濃部少佐が率いた芙蓉部隊などと同じである。
錬成用の戦闘401は、徳島の飛行場に配置され、パイロットを訓練して、ある程度、熟練してから戦闘301、701、407に配属させた。
実戦部隊のほうは、はじめは、松山にいて、4月から鹿屋、国分、5月から大村に移った。
また、この部隊に取り入れられた新機軸として、編隊空戦が挙げられる。
日本海軍は、当初、3機で最小単位として編隊を組んでいたが、この部隊がはじめて2機編隊を取り入れた。
ヨーロッパやアメリカでは、2機が互いに援護しながら編隊空戦をする戦術が主流となっていたのだ。
そして、そのためには、その2機同士が連係をするための無線機が必要であった。
しかし、当時の日本軍の無線機は性能が悪く、編隊空戦がなかなかできなかった。
そこで、343空では、無線機のアースの仕方など性能向上に取り組み、編隊空戦ができるほどの性能に仕上げた。
このことは、要するに、それまで、日本軍が無線機の性能向上にいかに不熱心であったかを物語っている。
速度や格闘性能といったものではなかったため、疎かにしたものと思われる。
343空で3~4ヶ月で無線機の性能向上が見込めたということなので、もっと早く、全軍で実施し、編隊空戦を取り入れていたら、戦局に寄与したのではないかと悔やまれる。
どうも、日本軍というか、日本人は、フィードバックが遅いように感じるのである。
そのためか、ドイツ軍などは、敗勢になっても戦争後期になるにつれて、強くなっていったが、日本軍は、敗勢になるにつれて、弱くなっていくわけである。
これも、戦闘結果の情報を取り入れて、戦訓を抽出し、その後の戦いに活かすという行動の速度が遅いわけである。
また、源田大佐は、バトルオブブリテンの時に、イギリスに駐在しており、イギリス空軍の迎撃作戦を現地でみていた。
そのため、レーダや通信網を使用した戦闘機の迎撃方法をよく知っており、他部隊や監視部隊やレーダー部隊の情報を通信手段によって司令所に集め、敵情を把握し、それに応じて戦闘機に指令を出すように工夫していた。
この工夫や彩雲を装備した偵察部隊の活躍によって、九州、四国方面に来襲した敵情は手に取るように把握できたそうである。
ただ、源田大佐は、パイロットを好き勝手にし過ぎたのではなかろうかとも思う。
憲兵隊と揉めたりと、派手な行動も見られる。
また、パイロットの疲労に対する管理も甘いように感じる。
そこら辺は、芙蓉部隊の方が、疲労したパイロットは、後方基地に下がらせ、新米のパイロットの訓練に当たり、疲労が回復次第、前線基地に戻すという米軍に近いやり方を取っていてよいように感じる。
本書によれば、初戦の呉空襲では、343空は、かろうじて被撃墜より撃墜の方が多かったが、次第に、可動率が下がって出撃できる機数が減ったり、パイロットの疲労が増えたり、熟練パイロットが戦死したりしていき、最終的には、本書によれば、キルレシオが我彼1:2というところらしい。本書では、戦闘記録などから、343空と対戦した部隊を割り出し、それらの損害からほぼ正確にキルレシオを算出している。
日本軍でも米軍でも、撃墜数が多くなるのは同じで、その割合は、実際の撃墜数の3~4倍ぐらいであるようだ。
3月19日の呉空襲は迎撃戦であり、343に有利な戦いができたが、4月からは鹿屋からの喜界島上空の突撃路啓開であり、自然、自軍に不利な戦いとなった。
その後、九州の基地爆撃に来たB-29との戦闘でも、不利な戦いとなった。
喜界島上空で特攻隊の突撃路を啓開する任務は沖縄での日本軍の組織的抵抗の終焉および菊水特攻作戦の中止により終わった。
その後は、沖縄からの海兵隊機、米陸軍機、空母からの米海軍機の迎撃を大村飛行場から行い、終戦を迎える。
343空の問題点だが、可動率がそんなに高くなかったことが挙げられるであろう。
この点は、芙蓉部隊の方がうまくやっているように感じる。
はじめは、60~80%の可動率であったが、徐々に下がっていき、40~50%の可動率となった。保有機の半分以下しか稼動しないと言うのは戦力的に非効率である。
誉エンジンの取り扱いの難しさという点もあるが、芙蓉部隊でも取り扱いの難しい熱田エンジンをうまく整備して、九州南部において、70~80%の可動率を保持しているので、何とかならなかったのかと思う。
また、パイロットの疲労への配慮が少なかったといえると思う。
芙蓉部隊や米軍のような交代制を取ればよかったのにと思う。
また、搭載武器に対する取り組みが少なかったように感じる。
空対空ロケットを少々使用したらしいが、戦場でその特性を全く知らずにはじめて使用したりしているので、あまり効果が上がらないままであった。
また、これは、日本軍機ぜんたいに言えることであり、紫電改ではかなり改善されているものの、やはり、パイロット後方の防弾鋼板がないなど、やはりパイロットの防御という点で弱かった。
これは、この時点で非常に重要だった、生き残りの熟練パイロットの立て続けの喪失につながった。
ともあれ、343空が無線の性能向上に取り組み、編隊空戦に活かしたというのは、初めて聞く話であった。
また、レーダ、他部隊、監視など様々な要素を組み合わせて、ネットワークとして無線でつないだ点は、興味深い。
源田実大佐は、空母機動部隊の運用について、様々な考案をしたほどの人であるので、343空でも様々な工夫をしている。
整備やパイロットの疲労の点でも、もうちょっと工夫が欲しかったところである。
ただ、本書については、非常に数多くの資料や証言に基づいて、執筆されており、非常に信頼性のおける著作となっていると感じた。

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碇義朗「紫電改の六機-若き撃墜王と列機の生涯」


自分の評価
★★★★☆85点

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