タヌキおやじの日々の生活 三浦正幸監修「お城のすべて」を読破!!     

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三浦正幸監修「お城のすべて」を読破!!


あらためて、管理人のでたらめな城の知識をキチンとするべく城の本について読んでいこうと思って、本書を読了した次第。

目次
城の立地/城の建物
第1章 天守
天守と櫓の違い/望楼型天守/層塔型天守/構成/重と階/礎石と土台/柱・梁・桁/壁の構造/壁の種類一/壁の種類二/狭間/石落/窓の種類/出窓/屋根の形式/屋根の素材/破風一/破風二/懸魚と蟇股/廻縁と高欄/鯱/階段/籠城の備え/管理/現存十二天守/復元天守/復興天守/復興天守/日本の天守再建年表
廃藩置県で無用の長物となり、薪になってしまった城
第2章 建築
三重櫓/二重櫓/平櫓と多門櫓/櫓の名称/櫓の配置/櫓門/薬医門と高麗門/さまざまな城門/門扉の構造/土塀の構造/土塀の種類/橋/御殿の構成/御殿 表/御殿 中奥・奥/馬屋/番所/蔵
明治時代から戦争が始まるまでに再建された天守
第3章 縄張
縄張とは/曲輪と縄張/曲輪の名称/空堀/水堀/堀底/土塁の構造/土塁の種類/算木積みの石垣/石垣の反りと勾配/虎口/桝形/馬出/横矢/庭園/城下町
第4章 歴史
古代/中世城郭/近世城郭の誕生/慶長の築城ブーム/武家諸法度/江戸時代の築城/幕末の城/チャシ・グスク
史実に近い姿で復元されるようになった天守や城門
第5章 ベスト3で見る城
三大近世山城/三大平山城/三大平城/三大海城/櫓が多い城
歴史ブームの中、各地の城で進む復元・整備
第6章 資料編
天守と高い建物を比べる/現存天守の高さ比べ/城データリスト

天守と櫓の違いは何かとずっと思っていたのだが、本書を読んで氷解した。
武家諸法度の公布以後は、3重以下は櫓とし、4重以上は天守と呼ぶことにしたそうである。
徳川幕府は、各藩に五重の天守を建築させることを嫌がり、そのため、四重の天守で五重並みの重厚感を出すべく、各藩は工夫したそうな。
重とは、屋根の数であり、屋根の数=階数というわけではなく、屋根と屋根の間にふたつ階があったりで、例えば、岡山城は、五重六階の天守であった。
櫓や天守には石落としというものが設けられたが、これは石を落とすためというより、石垣を登ってくる敵兵を鉄砲で撃つためのものであったようだ。
そして、城壁や石垣を登る敵兵を二方向以上から攻撃することを横矢を射るというらしい。
現在、十字砲火という言葉がある通り、人間は、複数の方向から攻撃されることに弱い。
そんなわけで、戦国時代も敵を正面以外の側面から攻撃することによって戦闘を優位に進めようとしていた。
その工夫のひとつが櫓であった。
城壁にある間隔で突出部や櫓を設けて、そこから城壁に近づく敵を側面から攻撃できるようにした。
これは、古今東西、世界中の城塞で実施されている工夫である。
また、もう一つの工夫が、城壁や石垣や土塁を直線的にするのではなく、折れ線や曲線にすることによって、敵兵を複数方向から攻撃できるようにした。
その工夫が、出隅、入隅、合横矢、雁行、横矢隅落、横矢枡形、横矢邪、屏風折と呼ばれる、城壁の塁線の曲げ具合である。
そして、大事なのが縄張りである。
輪郭式、梯郭式、連郭式、稜堡式などがある。
輪郭式というのは、本丸を中心として、二の丸、三の丸とまわりに配置する形式である。
梯郭式というのは、本丸を基点として、上横に方向に、二の丸、三の丸と配置する形式である。
二の丸、三の丸の反対側には、おそらく、河川や沼などが配置されるのであろう。
連郭式というのが、本丸、二の丸、三の丸を一直線に並べた形式である。
山の尾根に築く山城に多い形式である。
戦国時代初期は、山の尾根を平坦にして、それを空堀で区切って、城とすることが多かった。
稜堡式というのが、幕末に現れた形式であり、西欧兵術を導入した結果の形式であった。
この縄張りは、世界的に見ても、かなり独特であるように感じる。
世界に誇れると思うのが、石垣の技術であると思うが。
石垣の分類として、積み石の加工で分けたものに、野面積(のづらづみ)、打込接(うちこみはぎ)、切込接(きりこみはぎ)がある。
野面積みが、自然石をそのまま使用していて、打ち込み接ぎが接合部を加工して隙間を減らしていて、切込み接ぎが徹底的に加工して隙間がないようにしたものだそうな。
そして、石の積み方では、布積(ぬのづみ)と乱積(らんづみ)に分けられる。
布積みは、横方向に揃うように石を積んでいて、乱積みは、そうではない方法を言うそうな。
これも奥の深い世界である。
そして、石垣を強化するために石垣の隅部で算木積(さんきづみ)という手法を用いた。
これは、直方体の石を隅部に端面と側面が交互になるように積んでいく手法である。
空前の築城ブームとなったのが、関ケ原の合戦の後から豊臣家の滅亡までで、慶長の築城ブームと呼ばれるそうな。
しかし、大名たちが一生懸命に建築した城郭の多くは、その後の一国一城令で破壊されてしまう。
作っては壊し作っては壊しというのは、人間の歴史のほとんどである。ある意味、輪廻転生。
城とか要塞というのは、あえて、弱点を作っておくそうである。
なぜかというと、その弱点に敵をおびき寄せて、殲滅することが籠城戦には必要だからだ。
そのような弱点の一つが城門であり、曲輪の入り口であって虎口と呼ばれる。
そして、虎口を石垣や土塁で囲った小さな広場を枡形というそうな。
枡形には、内枡形と外枡形があり、内枡形は城壁の内側に枡形が配置され、城門(虎口)も内側に配置される。
そして、外枡形は、城壁の外側に枡形が配置され、城門は城壁と同線上に配置される。
それから、城門に関する工夫のさらなる工夫が馬出しである。
馬出しは、城兵が出撃する際にそれを敵から隠したり、城門の守りをさらに固くするために用いられる。
どういうものかというと、城門の堀を隔てた外側に設けられた角型または半円型の堀と土塁と出入り口で構成された広場である。
角馬出しと丸馬出しがある。
武田流築城術では、丸馬出しが多用されているとどっかの本に書いてあった。
と、戦国時代、安土桃山時代、江戸時代の築城術の工夫の数々が載っていて、マニアには面白く読める一冊である。
ただ、惣構えについての記載がまったくなかったのが、管理人には不満であった。

自分の評価
★★★★☆75点

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Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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