タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第339弾『小田城(常陸国)その1』     

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城郭シリーズ第339弾『小田城(常陸国)その1』

茨城県の筑波山の麓にある小田城を攻略。
ここは、だいぶアクセスが悪い。
土浦駅からタクシーを使って行ったのだが、あとでバスがあったと知って愕然とした。

歴史
この城の始まりは小田氏の祖八田知家が1185年に常陸守護に任命されて当地に移って居館を構えたことによると云われる。
その後、南北朝期には、当主小田治久が南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房や春日顕国なども入城している。
下って戦国時代の弘治・永禄年間、当主小田氏治は佐竹氏・多賀谷氏・真壁氏や越後の上杉謙信、小田原の後北条氏らと抗争を繰り返した。
後北条氏と結んだ小田氏治は、1564年に山王堂の戦いで上杉謙信に敗れるなど苦戦を強いられ、激しい小田城争奪戦が繰り広げられる。
1573年に手這坂の戦いに敗れ、小田城は佐竹氏のものとなった。
のち、1602年に佐竹氏の秋田移封に伴って廃城になり、その歴史を終える。

現在の復元された小田城の景観図。
小田城 000-1

現在は、本丸周辺しか復元されていないが、昔はかなり大規模な城郭であった。
小田城 000-2

現在の小田城の地図。
小田城 000-3

東曲輪から見た東虎口。
地図中の①の場所。本丸の東側である。
土塁は、半分くらいは復元であるようだ。
小田城 001-1
小田城 001-2
小田城 001-3
小田城 001-4

東虎口を正面して右側の櫓跡であろうか?
おそらく、東虎口に侵入しようとする敵兵をここから攻撃できるようになっていると思われる。
小田城 002-1

本丸の東面。
小田城 002-2

本丸の北側。
小田城 002-3
その2に続く。

関連記事
城郭シリーズ第339弾『小田城(常陸国)その1』
城郭シリーズ第340弾『小田城(常陸国)その2』
城郭シリーズ第341弾『小田城(常陸国)その3』
城郭シリーズ第342弾『小田城(常陸国)その4』
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参考


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