タヌキおやじの日々の生活 寺沢薫「日本の歴史02―王権誕生」を読破!!     

寺沢薫「日本の歴史02―王権誕生」を読破!!



縄文時代の前巻に続いて、弥生時代の本巻。
前巻とは、著者が違うので主張も違う。
前巻の著者は、弥生人と縄文人の血統的な違いはないとの立場であったが、寺沢氏は明確に人骨のDNA鑑定にもとづく結論として、大陸から渡来人が大挙して押し寄せてきたと述べている。

目次
プロローグ 弥生時代とは
第一章 稲作伝来
第二章 コメと日本文化―日本的農業と食生活
第三章 青銅のカミとマツリ
第四章 倭人伝の国々
第五章 情報の争奪と外交
第六章 倭国乱れる―王権への胎動
第七章 王権の誕生
第八章 王権の伸長
エピローグ 世界史と現代へのまなざし

中国で戦乱が起こると、それが朝鮮半島に波及し、その戦乱を逃れて日本列島に半島の人々が大挙してやってきたそうな。
かれらは、渡来人と呼ばれる人であり、日本列島に稲作文化をもたらした。
縄文末期や弥生初期では、集落遺跡の一角には渡来人が住んでいたのではと思われる区画があるのだそうな。
あきらかに、半島の文化が反映されている住居跡であると。。。。
ただ、畑作は、稲作到来以前より多く行われていたみたいだ。
もしかしたら、三内丸山遺跡でも畑作が行われていたものかもしれない。
弥生時代は、あきらかに血なまぐさい時代であった。
日本史上これほど血なまぐさかったのは、戦国時代と太平洋戦争ぐらいであったかもしれない。
紀元前300年くらいの北九州において、戦争が頻発し、小共同体からクニへの統合がはじまる。
このときは、青銅器を使っており、また、環壕集落が作られた。
なかには、水堀で囲まれた環濠集落も作られた。
ただ、環壕集落の方が、かなり多かったらしい。
弥生時代におけるクニが現在でいう市町村程度の大きさであったのに対し、国は、だいたい郡ぐらいの大きさであろうか。
戦争を重ねて、だんだんと統合されていったらしい。
魏志倭人伝に載っているのは、「奴国(なこく)」とか「伊都国(いとこく)」であるが、基本、北九州のものはだいたいどこらへんにあったか比定されている。
また、次第に日本でも鉄を生産するようになるのだが、鉄の生産は、弥生時代のかなり後になっても九州が本場であった。
鉄を生産する技術を近畿地方ではなかなか習得できなかったからだ。
そのため、卑弥呼の時代になっても、鉄の生産量は、北九州がほとんどであった。
ちなみに、この著者は、邪馬台国は近畿にあったとする畿内説を取り、邪馬台国が大和王権の土台になったと主張している。
そして、纏向遺跡が邪馬台国であったとしている。
管理人も、今のところそれが一番、可能性の高い説なんだろうと思う。
弥生時代は戦乱の時代であったが、それも激しくなったり、穏やかになったりの繰り返しであった。
その跡は、高地性集落といった丘などの高地に作られた集落ができた時期によっておぼろげにわかっているらしい。
1世紀前半に、第一次高地性集落というのがつくられるようになった。
攻められにくいところに住居を構えるようになったのは、戦争が激しくなったためと考えられている。
1世紀後半にも、第二次高地性集落というのがたくさん作られたと。。。
また、戦争が激しくなったらしいと。。。
その後、倭国の国々が、九州北部にある「伊都国」を親玉にまつりあげて伊都倭国というのが成立したそうな。
もういくさはまっぴらなんで、伊都国の親分、なんとか穏便にみんなをなだめてくだせいといった感じであろうか。
しかし、その伊都倭国も、後ろ盾にしていた中国の後漢の衰退によって権威を失墜させてしまい、ふたたび戦乱が起きる。
その後、邪馬台国に卑弥呼が出てきて、彼女を推戴することによって、戦乱がふたたび収まったらしい。
邪馬台国の文化は、前方後円墳などであった。
それに対して、前方後方墳を特徴とするのが、邪馬台国と敵対する「狗奴国(くなこく)」であった。
著者は、この狗奴国があった場所を濃尾平野と比定している。
この人たちの特徴として、顔とかいろんなものを紅くしたりする風習があったそうな。
ともあれ、この卑弥呼のあたりから、古墳時代に入り、弥生時代の戦乱は収まることになる。
日本という国の原型ができたときかと思われる。
日本の原型ができるまで、400年以上に渡る戦乱が必要であったと。。。
日本という国の原型とは何か?ということを考えるとき、稲作と米は重要なキーワードなのではなかろうかと思うのである。
また、人種的にも今の日本人のメインは、邪馬台国を中心とする倭国の民の後裔なわけである。
そのようなわけで、管理人は、稲作を基盤とする中央政府のような機能を有する「邪馬台国」なるものが日本の原型であると考えた。

自分の評価
★★★★☆75点

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日本の歴史01―縄文の生活誌
日本の歴史02―王権誕生
日本の歴史03―大王から天皇へ
日本の歴史04―平城京と木簡の世紀
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日本の歴史06―道長と宮廷社会
日本の歴史07―武士の成長と院政

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