タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第7弾『武蔵松山城』     

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城郭シリーズ第7弾『武蔵松山城』

城郭シリーズ第7弾は、武蔵松山城である。
埼玉県比企郡吉見町大字南吉見字城山にあった梯郭式平山城で、別名、武州松山城だそうである。
金山城も全国各地にたくさんあったが、松山城もたくさんある。
そんな中でもマイナーなマニア好みの城跡である。

歴史はというと、ウィキペディアによると、室町時代の1399年に上田友直によって本格的に築城されたとされる。他にいくつかの説があるが、省略。

室町時代から戦国時代にかけては、武蔵国中原の要衝として、関東の諸勢力による激しい争奪戦が展開された。松山城を築城したと考えられる上田氏は当初扇谷上杉氏に部将として属したため、この城は古河公方および山内上杉氏に対する前線拠点として機能した。

後に北条氏の勢力が相模国から武蔵国に伸張してくると、扇谷上杉氏と山内上杉氏・古河公方の三勢力の間で和睦が成立し、南方より侵攻してくる北条氏に対する拠点となった。1537年には河越城が北条氏綱によって攻め落とされ、さらにその余勢を駆った北条勢によって松山城も攻撃を受けたが、難波田憲重らの活躍で撃退に成功した。この結果、松山城は河越城を失った上杉朝定の居城となり、威信をかけた拡張工事が行なわれた。しかし、1545年、河越夜戦での河越城奪還の失敗と朝定の敗死によって扇谷上杉氏が滅亡すると、松山城は北条氏康の手に渡った。同年に一旦は上杉方の上田朝直や太田資正が奪回したものの、その後城主になった上田朝直が北条氏に寝返ったため再び北条方の城になった。

1561年、上杉謙信が奪取して岩槻城主の太田資正を城代にする。しかし、1563年に北条氏康と武田信玄の連合軍の攻撃の前に再び陥落、北条氏のもとに戻った。この合戦の影響が房総にも飛び火して第二次国府台合戦へと発展した。この合戦以後松山城は一時北条氏の直轄となったものの、元亀年間以後は一貫して北条氏家臣団に組み込まれた上田氏の居城となり、同氏は松山領と呼ばれる比企地方一帯を支配下に置いた。

1590年には、豊臣秀吉による小田原征伐が行なわれた。城主上田憲定は小田原城に籠城したため、代わって山田直安以下約2,300名が松山城に籠城、前田利家・上杉景勝の軍を主力とする大軍に包囲されて落城した。

徳川家康の関東入国とともに、松平家広が入城して松山藩を立藩。1601年に跡を継いだ松平忠頼が浜松藩に移封されると空城になった松山城は廃城となったとある。

まさに、争奪と落城を繰り返した血で塗り固められた城と言っていいだろう。
この戦歴は、前回、紹介した高島城がかわいく思えるくらいである。

本丸の物見櫓跡に建つ石碑である。
武州松山城+013_convert_20100811003542

空堀と各郭。
武州松山城+014_convert_20100811003629

なんだか忘れました。
武州松山城+015_convert_20100811003716

土塁。
武州松山城+025_convert_20100811003813

城の上から下を見るとこんな感じ。
武州松山城+027_convert_20100811003859

空堀と土塁。
武州松山城+028_convert_20100811004037

土塁。
武州松山城+007_convert_20100811003312

郭と郭の間。
武州松山城+008_convert_20100811003400

土塁。
武州松山城+011_convert_20100811003448

廃城後に建てられた神社かお寺の門。
でも、その神社かお寺も本殿はなくなって、残ってるのは門のみです。
武州松山城+002_convert_20100811003217

感想

本丸跡に立って感じたことは、昔の武士たちが激戦を繰り広げた地が今では、めったに人が来ない静寂の地となっているということであった。
あらゆるところに人の手が加えられた跡があるものの、長い年月がたち、木が茂り、朽ち果てていくばかりである。
幽霊とかは信じないけど、霊感を感じるところというのは、こういうところなのかなあと思ったりもした。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
関東争奪戦史 松山城合戦―戦国合戦記の虚と実を探る (比企双書)関東争奪戦史 松山城合戦―戦国合戦記の虚と実を探る (比企双書)
(2012/02)
梅沢 太久夫

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