タヌキおやじの日々の生活 神立尚紀、大島隆之「零戦―搭乗員たちが見つめた太平洋戦争」を読破!!     

神立尚紀、大島隆之「零戦―搭乗員たちが見つめた太平洋戦争」を読破!!


再び零戦物を読んでみる。
これもマンネリ化している感があるな~。

目次
はじめに 大島隆之
零戦が活躍した地域
第一章 零戦初空戦 向かうところ敵なし 神立尚紀
     彼らはいかにして搭乗員となりしか 大島隆之
第二章 日米開戦。連戦連勝、そしてミッドウェーのつまずき 神立尚紀
     零戦の好敵手たち 大島隆之
第三章 ラバウル、ブカへの旅 大島隆之
     ガダルカナル攻防戦 神立尚紀
第四章 特攻のさきがけ・甲飛十期 大島隆之
     「特攻」はどうして始まったのか 神立尚紀
第五章 沖縄、本土上空の戦い 神立尚紀
第六章 それぞれの戦後 大島隆之
あとがき 神立尚紀

零戦は、開戦当初無敵を誇り、米海軍のF6Fが出現すると、劣勢になったとされるが、実際には、その登場前から、F4Fによって劣勢を強いられていた。
というのは、米軍は、零戦を捕獲して徹底的に分析して、その対策を練ってきたからだ。
零戦に対抗できる新型機の登場まで、零戦に対する戦法を工夫することによって、戦っていこうとしたのである。
具体的には、サッチアンドウィーブといった編隊空戦の手法とか、一撃離脱戦法を取り入れたことである。
また、レーダーによって、敵の襲来を察知して、優位に戦いを進めようとした。
米軍の零戦対策マニュアルがパイロットたちに配られ始めたのが、昭和17年12月ごろで、日本軍のパイロットたちが米軍機の先方が変わってきたと感じ始めたのが、昭和18年1月ごろであった。
運用とか戦法の変化があまりなかった日本軍とは違って、米軍は、かなりのスピード感をもって戦局に対応していたことが分かる。
アリューシャンで零戦がはじめて捕獲されたのが、昭和17年7月ごろなので、半年間ぐらいで零戦の対策マニュアルを作って配布したことが分かる。
F6Fが出現しても対策マニュアルみたいなものを作ったり、対策を練ったりした痕跡がない日本軍とは違うと感じる。
アメリカ軍の戦法だが、サッチアンドウィーブについての記述があった。
かなり複雑な戦法であったので、部隊によっては有効と感じたり、あまり意味がないと判断したりと、評価はまちまちであったようだ。
どうしても、日本軍側からのパイロットの視点が多くなりがちなので、米軍側からの視点が多い戦記が読みたいと思う今日この頃である。

自分の評価
★★★☆☆65点

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現在、日本百名城攻略中!!
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