タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第35弾『明石城(その1)』     

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城郭シリーズ第35弾『明石城(その1)』

今日は、渋谷の資格試験の学校に行ってきた。
渋谷の宮益坂では、脱原発のデモが行われていた。
一般市民がそのように考えて行動するのは分かる。
でも、政治家には、総合的に考えて行動してもらいたいなと思った今日一日であった。

城郭シリーズ第35・36弾は、明石城である。
吾輩、百名城めぐりを始めるまでこの城を知らなかった。
ともあれ、明石城は、兵庫県明石市にあった城である。
城郭構造は、連郭梯郭混合式平山城である。なんのこっちゃ?
旧明石藩の政庁と藩主の居所が置かれた。
別名、喜春城(きはるじょう、きしゅんじょう)、錦江城(きんこうじょう)とも呼ばれる。
ちなみに、明石の地は、山陽道が通り、北には丹波国、但馬国への道が分かれ、淡路島、四国のルートがあり、古来より交通の要衝であったそうな。

歴史はというと、ウィキペディアなどを参考にすると、1617年(元和3年)に、明石藩主となった小笠原忠真は、明石川河口西岸にあった船上城に入城した。
同年に、譜代大名たる小笠原氏10万石の居城として城郭を建設するよう、2代将軍徳川秀忠より築城を命令された。
1619年(元和5年)に、明石城の作事が始まる。
1620年(元和6年)正月に、小笠原忠真は明石城に移り住み、同年6月から城内の建物関係の工事が開始された。
このとき天守は台石まで積まれたが、建てられなかった。
その後、小笠原忠真は転封となり(無念~)、それ以降、藩主が転々と変わり、越前家の松平直明が6万石で入城した後は、転封もなく、そのまま明治維新を迎える。

ともあれ、明石城スタンプゲット!!10/100名城攻略達成である。先はまだ長い。
明石城スタンプ

明石城地図。
明石城地図

地図中の①の場所から見た櫓跡の石垣と水掘。
明石城 169

東入口とあるが、何という名前の門の跡なのかが分からない。とりあえず、地図中の①の場所。
明石城 170

地図中の②の場所付近にある薬研掘と櫓跡の石垣だと思われる。
明石城 175

東の丸入口。地図中の②の場所。
明石城 177

地図中の③の場所。これまた、東の丸入口である。
明石城 181

その後、桜掘沿いを歩き、地図中の④の場所、稲荷曲輪の北側の石垣である。
明石城 183

再び、水掘の外に出て、地図中の⑤の場所。
明石城 185

地図中の⑥の場所。何も書いてないが、大手門跡だと思われる。
明石城 188

同じく。
明石城 189

地図中の⑦の場所から本丸を望む。左側が坤櫓、右側が、巽櫓。
明石城 197

城郭シリーズ第36弾『明石城(その2)』に続く。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
講座 明石城史講座 明石城史
(2000/06)
明石城史編さん実行委員会

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今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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