タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第39弾『甲府城(その1)』     

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城郭シリーズ第39弾『甲府城(その1)』

本日は、甲府城と武田氏館を攻略するために山梨県に遠征してきた。
午前9時頃、新宿発のあずさ??号に乗車。
午前11時半頃、甲府に到着。
甲府城は、甲府駅のそばにあるので、攻略が簡単であった。
ていうか、甲府城内に甲府駅があるといってよいだろう。

甲府城(こうふじょう)、別名、舞鶴城(まいづるじょう)は、山梨県甲府市にあった城であり、城郭構造は、梯郭式平山城だそうな。
歴史はというと、1582年(天正10年)に、甲斐国は徳川家康の所領となる。
翌1583年(天正11年)に、家康は、家臣の平岩親吉に命じて一条小山の縄張りを行い、甲府城の築城を開始したという。
1590年(天正18年)に、徳川家康は完成前に関東に移封となり、豊臣秀吉の甥の豊臣秀勝が城主となる。
1591年(天正19年)に、豊臣系大名の加藤光泰が城主となり、築城を再開する。
1593年(文禄2年)に、同じく豊臣系大名の浅野長政・幸長父子が城主となり、城が完成する。
1600年(慶長5年)に、関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利し、翌年平岩親吉が再び城代になる。
その後、親藩の城となったり、譜代藩の城となったりする。
1724年(享保9年)に、甲斐一国が幕府領となる。甲府勤番を設置する。
1866年(慶応2年)に、勤番制を廃止し、城代を設置する。
1868年(明治元年)に、明治維新。板垣退助らが無血入城する。
1873年(明治6年)に、廃城となる。

まあ、実戦経験のない城であると。。。。
徳川家康が天下普請で作ったものと思っていたが、家康と豊臣系大名の合作であるようだ。

とりあえず、13/100名城攻略達成である。
甲府城スタンプ

かつての甲府城の地図。上が北で下が南である。
甲府城古図

現在の甲府城の地図。上が南で下が北である。上の地図と方角が逆なので注意されたし。
甲府城地図

上の地図の①の場所にある山手渡櫓門。2007年に復元された。城の内側からの撮影である。
甲府城004

同じく山手渡櫓門。桝形内からの撮影。
甲府城008

桝形外側からの撮影。
甲府城010

山手渡櫓門の上から撮った甲府城本丸。中心にあるのが、天守台で、左にあるのが、稲荷櫓。
甲府城013

下の地図の②の場所。
甲府城019

下の地図の③の場所。稲荷櫓である。
甲府城022

同じく。
甲府城023

城郭シリーズ第40弾『甲府城(その2)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第39弾『甲府城(その1)』
城郭シリーズ第40弾『甲府城(その2)』
城郭シリーズ第41弾『甲府城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (11) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (11) (歴史群像シリーズ)
(2004/12)
不明

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今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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