タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第42弾『武田氏館(その1)』     

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城郭シリーズ第42弾『武田氏館(その1)』

甲府駅から武田通りを北に歩くこと20分、武田氏館に到着する。

とりあえず、武田氏館の説明。
武田氏館、別名、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)は、山梨県甲府市古府中にあった戦国期の居館(または城)であり、城郭構造は、連郭式平城だそうな。

歴史はというと、1519年(永正16年)に、武田信玄の父、信虎が、石和からこの地に館を移した。
その後、信玄、勝頼と武田氏三代に渡って、武田氏当主の館として使用されることになる。

1575年(天正3年)に、武田勝頼は、長篠の戦いでの敗戦し、領国体制の立て直しのため府中移転を企図し、府中に新府城を築く。
1582年(天正10年)に、躑躅ヶ崎館から新府城に本拠を移転している。
しかし、まもなく実施された織田氏の武田征伐の結果、武田氏は滅亡する。

武田氏滅亡後、入府した河尻秀隆は躑躅ヶ崎館で政務をとったとされるが、まもなく本能寺の変が勃発し、その後の混乱の中落命する。
その後に入府した徳川家康によって改めて甲斐支配の主城とされ、館域は拡張されて天守も築かれた。
1590年(天正18年)に、徳川家臣の平岩親吉によって甲府城が築城されるや、その機能を廃されるに至った。
1919年(大正8年)に、躑躅ヶ崎館跡に武田神社が建立されたそうな。

武田氏館スタンプゲット。14/100名城攻略達成。
武田氏館スタンプ

武田氏館の空中撮影図と往事の縄張りを組み合わせた図。
武田氏館地図

武田氏館想像図。徳川期のものであると推測する。
武田氏館想像図

地図中の②の場所。武田神社の石碑。
武田氏館 076

水堀と武田神社入り口。この入り口は、後世に作られたものであるようである。
武田氏館 077

同じく。
武田氏館 075

地図中の①の場所。梅翁曲輪の石垣だと推測する。最近の石垣かもしれない(汗)
武田氏館 074

地図中の③の場所。昔は、こちらが大手だったようだ。現在は、復元されている。
水堀と土塁からなる。
武田氏館 083

同じく。
武田氏館 084

地図中の④の場所。
武田氏館 085

城郭シリーズ第43弾『武田氏館(その2)』に続く。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
週刊 名城をゆく 29 躑躅ヶ崎館・高遠城 小学館ウィークリーブック週刊 名城をゆく 29 躑躅ヶ崎館・高遠城 小学館ウィークリーブック
(2004)
大山邦興

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