タヌキおやじの日々の生活 津本陽「信長の傭兵」を読破!!     

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津本陽「信長の傭兵」を読破!!

信長の傭兵 (角川文庫)信長の傭兵 (角川文庫)
(2006/09/22)
津本 陽

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津本陽が書いた歴史小説「信長の傭兵」を読み終えた。
戦国時代の鉄砲傭兵集団「根来衆」の将、津田監物を書いた小説だ。

津田監物、本名、津田算長(つだ かずなが、1499~1568年)は戦国時代の武将であり、津田正信を祖とした楠木氏一族の末裔を名乗る。
紀伊国吐前城主、根来寺僧兵の長、「津田流砲術」の祖である。
自ら種子島に渡り、領主・種子島時堯から一丁の種子島銃を買い、職人・芝辻清右衛門に鉄砲を複製させた。
鉄砲技術を算長が畿内に持ち込んだ事によって、紀伊・堺などは鉄砲の大量生産国となった。
(ウィキペディアより引用)。

津田監物は、諸国の戦国大名から重用され、各地の戦場を疾駆する。
そのうち、織田信長に雇われるようになり、「信長の傭兵」として、その下で活躍する。
根来衆とおなじ紀州の鉄砲傭兵集団「雑賀衆」の鈴木孫一を書いた司馬遼太郎の「尻啖え孫市」も、昔、読んでおもしろかったけど、これも結構おもしろかった。
雑賀衆にしても、根来衆にしても紀伊(現和歌山県)出身である。
なぜ、紀伊の土豪たちが、鉄砲という特殊技能を使って傭兵として自らを売り込んでいったのか興味をそそられるところである。
一方、伊賀や甲賀の土豪たちは、忍術という特殊技能を駆使して自らを売り込んでいった。
伊賀、甲賀、紀伊に共通するのは、平地が少なくて農業では食べていけなかったという共通点があるのかもしれない。
伊賀、甲賀に対して、紀伊は、海に面していることから鉄砲という技術が伝播しやすかったことが、紀伊の土豪たちの特殊技術となる理由だったのであろうか。
ともかく、忍術にしろ、鉄砲技術にしろ、時代は戦国時代であったので、需要は多かったのである。

小説のなかで、監物は、愛妾のおきたを常に戦場に連れていくのだけど、そんなに連れて行けるものなのか???
と思ってしまった。
まあ、そこら辺は、かなり津本陽の脚色がされているものと思う。

最近、読む本は、歴史物が多いなあ。
ちょっと前は、ミステリーとサスペンスが多かったんだけどね。
歴史物を何冊か買ってあるので、しばらく歴史物の書評ブログが続きます。

津本陽は、初めて読んだんだけど、結構おもしろいなあ。
「下天は夢か」も読んでみるかなあ。

自分の評価
★★★☆☆55点

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