タヌキおやじの日々の生活 碇義朗「紫電改の六機-若き撃墜王と列機の生涯」を読破!!     

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碇義朗「紫電改の六機-若き撃墜王と列機の生涯」を読破!!

野田内閣の行く末が気になる今日この頃。
野田総理は、まだ、有能であるかどうかは分からないが、おそらくものすごく真面目な人なんだろうと思う。
ただ、民主党内に人材がいないこと、党内野党の小沢派の存在、その小沢派から選んだ閣僚がろくでもない人材ばかりなことを考慮するに、運が悪かったなと。。。
高度経済成長期の自民党政権における総理であったならば、名宰相となったかもしれんが。。。
あえない最期を遂げる確率高し。。。である。

紫電改の六機―若き撃墜王と列機の生涯 (光人社NF文庫)紫電改の六機―若き撃墜王と列機の生涯 (光人社NF文庫)
(2004/09)
碇 義朗

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これまた再読。
最近、再読が多いのは金欠のためである。
どうかご勘弁を。

第343海軍航空隊(二代目)は、大戦末期に活躍した日本海軍の戦闘機部隊である。
1945年2月1日開隊。紫電・紫電改の戦闘機と偵察機の彩雲から編成された。司令は源田実大佐。
海軍航空隊最後の切り札であった。
343空で新鋭戦闘機「紫電改」を駆って戦い抜いた6人に焦点を絞って書かれたノンフィクションである。
ちなみに「紫電改」とは、この戦闘機。
shidenkai.jpg

戦争終結から33年、経過した夏、ダイバーたちが海底から一つのエンジンを発見した。
誉エンジンであった。
そして、そのエンジンをもとに引き上げられたのは大戦中の海軍局地戦闘機「紫電改」であった。
その方面で紫電改を装備していた部隊は、343航空隊のみ。
そして、たくさんの証言からその飛行機は、昭和20年7月24日に未帰還となった343空の6人のうちのだれかの乗機であることまでは判明する。
その6人とは、
鴛淵孝大尉、武藤金義少尉、初島二郎上飛曹、米田伸也上飛曹、今井進一飛曹、溝口憲心一飛曹
であった。
いずれも歴戦の勇士たちであった。
そして、太平洋戦争を戦い抜いた6人の軌跡を明らかにする。
という感じである。

6人とも20代。
幕末に散った志士たちも若い人が多いが、太平洋戦争でも若くして亡くなった方が多い。
昭和20年7月24日の空戦。
米軍戦力約500機。
日本軍戦力24機。
絶望的な戦力差である。
ランチェスターの法則でも分かるように、24機で500機を攻撃して24機を撃墜できるわけではない。
単純に考えると、1機が20機ほどを相手にすることになるのでずっと分が悪い勝負になるのである。
そのような戦局においても第一線のパイロットたちは、果敢に米軍に立ち向かっていった。

米側パイロットの証言も書かれていて、掘り下げた内容となっている。
6人は、短い人生をいかに真剣に生き、どれほどの思いを残して死んでいったのか。
問いかける一著である。

自分の評価
★★★★☆70点

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