タヌキおやじの日々の生活 塩野七生「ローマ人の物語9-賢帝の世紀」を読破!!     

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塩野七生「ローマ人の物語9-賢帝の世紀」を読破!!

資格の試験が二週間後に迫ってきた。
あ~、今年は受かるといいなあと遠い目をしながら思う。

ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀ローマ人の物語 (9) 賢帝の世紀
(2000/09)
塩野 七生

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紀元98年から紀元161年までの古代ローマ帝国が書かれている。
五賢帝の三人とされるトライアヌス帝、ハドリアヌス帝、アントニヌス帝の治世である。
トライアヌス帝とハドリアヌス帝について書かれた章がそれぞれ170~180頁くらいで、アントニヌス帝について書かれた章が30頁くらい。
ナナミンが特に書きたかったのは、ハドリアヌス帝ではなかったかと思われる。
この三人のなかでは、最もキャラが立っていて、物書きの意欲を掻き立てるのではないかと思うのだ。
この皇帝は、日本の漫画、映画の「テルマエ・ロマエ」でも登場している。

参考記事
武内英樹監督「テルマエ・ロマエ」を観る!!

特筆するべきは、三人とも属州出身者であったということだ。
特に、アントニヌス帝に関しては、祖先がイタリア出身ではなくガリア人(現在のフランスに住んでいた民族)だったようである。
しかし、今でこそ、話題となっているが、当時としては、特に問題ともされなかったとナナミンは言っている。
いいか悪いかは別にして、日本に当てはめてみると、帰化した在日朝鮮人が総理大臣になるようなものかなあ。
たぶん、このようなことがあったら、すごく抵抗があるだろうなあと推測する。
ともあれ、ローマ人は、ローマ人としての資格にローマンスピリットを有していることを求め、血筋には求めなかったのである。

先ず、トライアヌス帝。
この人は、属州出身で初めて皇帝になった人であった。
軍人中の軍人という感じの人である。
属州出身者として初めての皇帝であったからであろうか、ひたすら真面目に頑張ったと。。。。
この人は、ダキア戦役を指揮している。
ダキア戦役とは、現在のルーマニアにかつて居住していたダキア人を相手にした戦争であった。
この戦役の結果、ダキア人は、その地から追い出され、新たに人を入植させ、現在のルーマニアの元になった。
ちなみに、ルーマニアとは、「ローマ人の国」の意味だそうである。
現在でも、ルーマニア語は、イタリア語が分かれば、半分くらいは理解できるそうな。
ちなみにそのダキア戦役の様子を描写したトラヤヌスの記念柱がローマに残っている。

参考記事
遺跡シリーズ第9弾『トラヤヌスの記念柱など』

トラヤヌス記念柱

次に、ハドリアヌス帝。
ナナミン曰く、一生を通じて官能的であり続けたと言われるこの皇帝。
男色の気があったり、ギリシャ文化を愛好したりと非常にキャラが立っている人物である。
ローマ帝国内をくまなく視察するために視察旅行をしたことでも有名である。
治世の三分の二くらいを視察で費やしたと。。。。
もちろん単なる視察ではなくて、帝国領内のメンテナンスが目的であったことは言うまでもない。
また、ユダヤ人をイェルサレムから追い出して、ユダヤ人の18世紀にわたる苦難を始まらせた。
ナナミンは、どちらかというとユダヤ人に非があったとの意見である。
こうやっていれば、ローマ人とユダヤ人とはうまく行っていたのではないかと言うことを延々と本巻中で述べているのだが、我が輩が思うに、普遍的な価値観を有するローマ人と、特殊な価値観(選民思想)を有するユダヤ人では、こうなることは不可避であったであろう。
現在のイスラエルが、パレスチナ人や周りの国々とそれほど仲良くないことを考えても、ユダヤ人は、近隣諸国との間で信頼関係を構築することが苦手なのではないかと推測する。

最後に、アントニヌス帝。
この人は、まあ温厚な人であったと。。。
特筆すべき事があまりなかったようで、ナナミンは、30頁ほどしか、この人に頁を割いていない。

ローマ人の物語を読むのは、二回目なのだが、改めて読んでみて思ったのは、奔放な政治をしたカリグラ帝の後に、温厚なクラウディウス帝が即位し、派手な政治を行い、記録抹消刑にされたドミティアヌス帝の後に、温厚なネルヴァ帝が即位し、記録抹消刑にされかかったハドリアヌス帝の後に、紳士的なアントニヌス帝が即位したことを考えると、貴族的な皇帝の晩年の統治は、えらい元老院や民衆に評判が悪く、その結果、記録抹消刑にされたり、されかかったりして、次の皇帝は、それを反面教師にして、穏健な政治を心がけるということが繰り返されているのだなあと思った。
しかし、記録抹消刑にされたり、されかかった皇帝が悪帝だったわけではないと、ナナミンは評価しているようだ。
ドミティアヌス帝などは、不幸な一例だなあと我が輩などは思う。
なかなか、本当に正しいことが当時の世の中では評価されず、後世になって評価されることもあるということであろう。
ともあれ、紀元二世紀の古代ローマ帝国は、全盛を誇ったと言ってよいだろう。
何をやってもうまく行く時期であったのだ。
これからは、ローマ帝国の衰亡記が書かれるわけである。

自分の評価
★★★☆☆70点

次巻の記事
塩野七生「ローマ人の物語10-すべての道はローマに通ず」を読破!!
前巻の記事
塩野七生「ローマ人の物語8-危機と克服」を読破!!
1巻の記事
塩野七生「ローマ人の物語1-ローマは一日にして成らず」を読破!!

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