タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第85弾『岡崎城(その1)』     

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城郭シリーズ第85弾『岡崎城(その1)』

長篠城から電車を乗り継ぐこと一時間ちょっと。
岡崎城に到着する。

岡崎城(おかざきじょう)とは、愛知県岡崎市康生町にあった梯郭式平山城で、別名、龍城。
徳川家康の生誕の城として有名。

歴史(ウィキペディアの記載を改変)。
1452年または1455年に、龍頭山の砦として三河国守護仁木氏の守護代西郷氏が築城する。
1531年に、松平清康(徳川家康の祖父)が城主となり、城郭を整備する。
1542年に、城内で竹千代(後の徳川家康)が生まれる。
1549年に、家康の父である松平広忠が家臣の謀反によって殺害されると、岡崎城は今川家の支城として城代が置かれた。
1560年に、桶狭間の戦いで今川義元が敗死すると松平元康(後に家康、徳川へ改姓)は岡崎城を取り戻し、今川家から独立する。
1570年に、徳川家康は、本拠を浜松城に移し、岡崎城は子の松平信康が入った。
しかし、信康は謀反の疑いをかけられて自刃。以後、重臣の石川数正、本多重次らが城代を務めた。
1590年に、家康が関東に移封となると、豊臣家臣・田中吉政が入る。
家康に対する抑えの拠点の一つとして、吉政は城を拡張し、強固な石垣や城壁などを用いた近世城郭に整備した。
1602年に、徳川氏譜代の重臣である本多康重が上野国白井より5万石で入城。
以降、徳川政権下では家康誕生の城として重要視され、譜代大名が歴代の城主を務めている。
1617年に、三重の天守が完成する。
1873年に、廃城令によって廃城処分となり、天守以下の建物が撤去された。
まあ、徳川家康生誕の城ということで百名城に選ばれたのであろう。

岡崎城スタンプゲット!!これで34/100名城攻略達成!!
あ~、これで愛知県の百名城は制覇したな~
岡崎城スタンプ

現在の岡崎城の地図。案内板から借用して加工したもの。
岡崎城地図

地図中の①の場所から見た東隅櫓と城壁。もちろん復元。
岡崎城01

地図中の②の場所から見た東隅櫓。
岡崎城02

付近の石垣。
岡崎城03

東隅櫓のふもとの切り通し。
かつては門があったらしい。
桝形になっている。
岡崎城04

同じく。
岡崎城05

地図中の③の場所。大手門。非常にうそくさい造りである。
岡崎城06

地図中の④の場所。家康公の産湯の井戸だそうな。
岡崎城07

地図中の⑤の場所。本丸の石垣と水堀である。
岡崎城08

地図中の⑥の場所。本丸への門の跡。
岡崎城09

城郭シリーズ第86弾『岡崎城(その2)』に続く。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (3) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (3) (歴史群像シリーズ)
(2004/05)
不明

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関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
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