タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第87弾『浜松城(その1)』     

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城郭シリーズ第87弾『浜松城(その1)』

岡崎城を攻略した後、鈍行列車を乗り継ぐこと一時間ちょっと、浜松駅に到着する。
その後、航空自衛隊浜松広報館を見学してから、浜松城へ。

浜松城(はままつじょう)とは静岡県浜松市中区にあった梯郭式平山城、通称、出世城。

歴史(ウィキペディアの記載を改変)

浜松城と改称される前は曳馬城(引馬城、引間城)と呼ばれていた。
築城者については諸説あるが、今川貞相が初めて築城したという。

斯波氏と今川氏が抗争すると、この地を支配していた大河内貞綱は斯波氏に味方するが今川氏に敗れた。
その後は今川氏親の配下・飯尾氏がこの地を支配することになる。
1514年に、飯尾乗連(またはその父飯尾賢連)が城主になったともいわれる。
今川氏の衰退後、城主、飯尾連竜が今川氏真に反旗を翻す。
1565年に、今川軍に攻囲され多大な損害を被るが、陥落は免れた。
1568年に、徳川家康によって攻略された。
1570年に、家康は武田信玄の侵攻に備えるため本拠地を三河国岡崎から遠江国曳馬へ移した。
この時、曳馬城を西南方向に拡張し、城名・地名ともども「浜松」と改めた。
1582年ごろ、城の拡張・改修は大体終わったが、1586年に、家康は浜松から駿府に本拠を移した。
1590年からは、秀吉の家臣堀尾吉晴と、その次男堀尾忠氏が合わせて11年間在城したが、関ヶ原の戦いの功績で出雲国松江に移封。
以後は、一時徳川頼宣の領地だった時期を除いて、譜代大名各家が次々に入った。
近世には天守は存在しなかったようで絵図にも記載がない。
本丸にあった二重櫓が天守代用とされていた。
浜松城は明治維新後に廃城となり破壊された。

浜松城公園の地図。
浜松城地図

かつての浜松城の地図。
浜松城古地図

本丸の石垣である。野面積みというやつである。
浜松城01

同じく。
浜松城02

同じく。
浜松城03

同じく。
浜松城04

同じく。
浜松城05

本丸への門の跡。
浜松城06

石垣。
浜松城07

石垣。
浜松城08

城郭シリーズ第88弾『浜松城(その2)』に続く。

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参考
よみがえる日本の城 (11) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (11) (歴史群像シリーズ)
(2004/12)
不明

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現在、日本百名城攻略中!!
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