タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第99弾『安土城(その1)』     

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城郭シリーズ第99弾『安土城(その1)』

8月10日に安土城、観音寺城、彦根城を攻略。
8月11日に小谷城、二条城を攻略。

とりあえず、安土城攻略記。
始発の新幹線に乗って安土駅に8時半到着。
安土駅隣の資料館で安土城スタンプと観音寺城スタンプをゲット。

ちなみに、安土城(あづちじょう)は、滋賀県近江八幡市安土町下豊浦にあった山城である。
まあ、織田信長が建造させたことで非常に有名である。

歴史(ウィキペディアの記載を引用・改変)
1576年に、織田信長は総普請奉行に丹羽長秀を据え、近江守護六角氏の居城観音寺城の支城のあった安土山に築城を開始。
1579年に、完成した天守に信長が移り住む。
同年頃に、落雷により本丸が焼失したと、ルイス・フロイスが著書『日本史』に記している。
1582年に、明智光秀が饗応役となった徳川家康の接待が行われている。
同年に、本能寺の変の際に、留守居役の蒲生賢秀とその子、氏郷は、本拠地日野城に信長の妻子などを安土から移動させ退去。
山崎の戦いの後、明智秀満率いる明智軍の退却後、天主とその周辺建物(主に本丸)を焼失した。
本能寺の変以降もしばらく織田氏の居城として、信長の嫡孫秀信が清洲会議の後入城するなどと、主に二の丸を中心に機能していた。
1585年に、秀吉の養子豊臣秀次の八幡山城築城のため、廃城にされたと伝わっている。

城として機能していたのがわずか6年間。
有名な割りにえらい短い期間である。

とりあえず、39/100名城攻略達成。
安土城スタンプ

安土駅を出ると信長の像が。。。。
胴長短足で顔がえらい大きい。
安土城信長像

レンタサイクルで自転車を借りてこぐこと10分くらいで安土山に到着。
安土城の地図。パンフレットから借用。
安土城地図

地図中の①の場所。大手門跡。
安土城01-1

大手門跡付近の石垣。
安土城01-2

地図中の②の場所。
大手道。真っ直ぐなため、防御力に乏しいのではないかと言われている。
そのため、安土城は、戦闘用の城ではなく政治のための城であったと推測されている。
安土城02-1

同じく。
安土城02-2

地図中の③の場所。
伝前田利家屋敷跡。
安土城03

地図中の④の場所。
伝羽柴秀吉屋敷跡。
安土城04

同じく。
安土城04-2

地図中の⑤の場所から下を見る。
左は、伝徳川家康屋敷跡。
安土城05

城郭シリーズ第100弾『安土城(その2)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第99弾『安土城(その1)』
城郭シリーズ第100弾『安土城(その2)』
城郭シリーズ第101弾『安土城(その3)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
復元安土城 (講談社学術文庫)復元安土城 (講談社学術文庫)
(2006/12/08)
内藤 昌

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今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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