タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第121弾『高岡城』     

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城郭シリーズ第121弾『高岡城』

10月6日~8日、三連休を利用して北陸の百名城を攻略に行ったきた。
北陸フリー切符なるものを使用する。
10月6日は、とりあえず、高岡城と金沢城を攻略する。
どちらも加賀前田家由来の城である。

以下、高岡城攻略記。
高岡は、大学院が石川県だった関係でなんども通り過ぎていたが、降りるのははじめてである。
駅を出ると我輩を迎えたのは、シャッター通りであった。
まあ、バブル崩壊後の日本の田舎においてはよく見られる光景である。
駅から歩くこと、10分くらいか高岡城址に到着する。

ちなみに、高岡城とは、富山県高岡市古城にあった梯郭式平城である。

歴史(例によってウィキから)
1609年に、隠居先の富山城が焼失したために、初代加賀藩主・前田利長は、徳川家康と秀忠に関野という地での築城の許可を貰う。
縄張は当時の前田家の客将だった高山右近とされている。
同年に、利長は「関野」を「高岡」と改め、未完成の高岡城に入城した。
1614年に、利長は死去し、隠居城として使われたのはごく短期間であった。
その翌年には一国一城令により、高岡城は廃城となったとされる。
しかしながら、廃城後も高岡町奉行所の管理下で、加賀藩の米蔵・塩蔵・火薬蔵・番所などが置かれ、軍事拠点としての機能は密かに維持された。

高岡城スタンプゲット。49/100名城攻略達成。
高岡城スタンプ

高岡城の地図。
高岡城地図

地図中の①の場所。水堀と鍛冶丸。
高岡城001

地図中の②の場所。鍛冶丸と明丸の間。
高岡城002

同じく。
高岡城002-2

地図中の③の場所。本丸の水堀。
高岡城003

地図中の④の場所。本丸と二の丸とその間の土橋。
高岡城で石垣が残っているのはここだけだそうな。
高岡城004

地図中の⑤の場所。鍛冶丸の入り口にあった高山右近の銅像。
キリシタン大名として有名であった。
高岡城005

地図中の⑥の場所。
鍛冶丸から二の丸に移動し、二の丸から本丸への土橋。
繰り返すが、石垣が残っているはここだけ。
高岡城006

本丸側からじっくりと見る。
高岡城006-2

地図中の⑦の場所。
本丸に突入し、前田利長の像と対面する。この人は、前田利家の長男であった。
徳川家康にいいようにやられた人である。
高岡城007

感想
まあ、残ってるのは、水堀と本丸・二の丸間の石垣ぐらいかなあ。
特に見るべきものがあるようにも思えない。
百名城に選ばれた理由が分からん。
富山城の方がよかったんじゃないかと思うのだが。。。。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城8 金沢城 (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城8 金沢城 (歴史群像シリーズ)
(2004/10/20)
編集部

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関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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