タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第159弾『大洲城(その1)』     

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城郭シリーズ第159弾『大洲城(その1)』

12月27日、レンタカーに乗って、大洲城へ。

大洲城とは。。。。
愛媛県大洲市大洲にあった梯郭式平山城。
別名、地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城。

歴史
1331年に、宇都宮豊房が築城したのが始まりとされている。
宇都宮氏はその後、国人として二百数十年間にわたって南伊予を中心に支配を行うが、永禄の末期に毛利氏の伊予出兵によって降伏した。
1573~1575年に、宇都宮氏は、家臣の大野直之によって大洲城を追われた。
1585年に、大野直之も豊臣秀吉の意を受けた小早川隆景によって攻め滅ぼされる。
小早川隆景が35万石で伊予に入封し、大洲城は一支城となった。
その後、戸田勝隆が城主として入る。
1595年に、藤堂高虎が入城すると近世の城郭として整備される。
1609年に、脇坂安治が入城し、この二人の時代に天守をはじめとする建造物が造営された。
また、脇坂安治の時代に従来の「大津」から現在の「大洲」に城名が変更されたらしい。
1617年に、伯耆米子から6万石で加藤貞泰が入り、以後加藤氏が12代に渡り大洲藩主として治め明治維新を迎えた。

まあ、台所櫓・高欄櫓・苧綿櫓・三の丸南隅櫓の四基が現存の国重要文化財ということで、百名城に選ばれたものと推測する。

大洲城スタンプゲット。65/100名城攻略達成。
大洲城スタンプ

大洲城地図。
大洲城地図

大洲城の古地図。
大洲城古地図

地図中の①の場所。
苧綿櫓。国重文。
大洲城001-1

同じく。
大洲城001-2

同じく。
大洲城001-3

地図中の②の場所。
三の丸南隅櫓。
かつての外堀がテニスコートになっているのが残念である。
これでは、敵を防げない(涙)
大洲城002-1

同じく。
大洲城002-2

内側から。
大洲城002-3

地図中の③の場所。
下台所。現存する食料庫である。
県重要文化財かなんかだったと思う。
大洲城003-1

同じく。
大洲城003-2

城郭シリーズ第160弾『大洲城(その2)』に続く。

関連記事
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城10 大洲城 (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城10 大洲城 (歴史群像シリーズ)
(2004/12/01)
編集部

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今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
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