タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第165弾『土浦城(その1)』     

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城郭シリーズ第165弾『土浦城(その1)』

土浦城を初攻略してきた。

土浦城(つちうらじょう)とは。。。。。
茨城県土浦市にあった輪郭式平城。
別名、亀城(きじょう)。

歴史(例によってウィキの引用)
平安時代、天慶年間(938~47)に、平将門が砦を築いたという伝説がある。
室町時代、永享年間(1429~1441)に、小田氏に属する若泉三郎が築いたのが文献上は初めてである。
1516年に、小田氏の部将・菅谷勝貞が若泉五郎右衛門を滅ぼし、その家臣が城に入った。
その後、菅谷氏、小田氏と城主が代わる。
戦国時代が終わると、土浦は結城城の結城秀康のものになり、小田氏はその家臣になった。
代わって多賀谷村広が城代を務める。
1601年に、藤井松平氏の松平信一が土浦城に入った。
信一と子の信吉が、現在の城のおよその形を作ったと考えられている。
1617年に、土浦には西尾忠永が入った。
忠永の子、忠照は1620年から7年かけて西櫓と東櫓を作らせ、1622年には、本丸の正門を櫓門に改めた。
1649年に、朽木稙綱が城主となり、1656年に、櫓門を現在ある形の太鼓櫓門に改築した。
1669年に、土屋数直が入り、一時期を除き、明治維新まで土屋氏が城主を務めた。
1873年に、土浦城は廃城となった。

太鼓櫓門が現存で、西櫓が、半現存半再建、東櫓が再建である。

かつての土浦城の地図。
惣構えの城であったらしい。
一見すると、城郭都市というのは、日本においては珍しいようだが、意外と戦国時代以降の城で、惣構えの城はあったみたいだ。
まあ、最も日本の惣構えの城と、外国の城郭都市とでは、かなり性質が違うが。。。。
土浦城全体図

そして、現在の土浦城、本丸と周辺の一部が残る。
土浦城地図

地図中の⑩の場所。
土浦城の旧前川口門だそうな。
二の丸入口のニノ門跡に移築されている。
前川口ってどこ???地図を見ても載っていない。
土浦城 001

地図中の②の建造物。
東櫓。再建である。
土浦城 002-1

同じく。
土浦城 002-2

再建された城壁。
土浦城 002-3

地図中の①の建造物。
太鼓櫓門。現存である。
もうちょっと立派だったら百名城入りしたかもしれん。
土浦城 003-1

同じく。
土浦城 003-2

地図中の③の建造物。
西櫓。台風で破損して解体・保存していた建築材を使用して再建したらしい。
土浦城 004-1

内堀と西櫓。
土浦城 004-2

城郭シリーズ第166弾『土浦城(その2)』に続く。

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グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (15) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (15) (歴史群像シリーズ)
(2005/03)
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