タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第194弾『白石城』     

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城郭シリーズ第194弾『白石城』

7月9日(火)、東北の百名城を攻略すべく、始発の新幹線に乗って、いざ東北へ。
ひとまず、百名城ではないものの白石城を攻める。

白石城(しろいしじょう)とは、宮城県白石市にあった梯郭式平山城。
別名、益岡城、枡岡城。

歴史(例によってウィキ引用)
鎌倉時代以後、刈田氏が白石の地に居住。同氏は後に伊達氏家臣となる。
1591年に、会津に封された蒲生氏郷の家臣・蒲生郷成によって本格的に築城。
1598年に、会津に封された上杉景勝の家臣・甘糟景継によって修築。
1600年に、伊達政宗が上杉景勝から白石城を奪い取って再び伊達領とし、石川昭光が城代として入る。
1602年に、伊達政宗の側近、片倉景綱(小十郎)が城主となる。
1868年に、戊辰戦争の際、東北諸藩の代表たちが白石城に於いて白石列藩会議を開く。
これが奥羽越列藩同盟の結成につながった。
1869年に、新政府軍が占領、新政府に降った盛岡藩(南部氏)の管理下に置かれて、一時移封される。
1875年に、白石城破却、売却代金は特に片倉家中の北海道移住費用に充てられた。
1997年に、三階櫓・大手の一ノ門と二ノ門・土塀の復元工事が完了。

まあ、政宗の側近であった片倉小十郎の城ということで有名である。

白石城の地図。
白石城地図

白石城の模型。こんなであったと。。。
白石城本丸模型

本丸の石垣。往時は、上の方まで石垣であったが、破却されてしまったとのこと。
白石城001-1

ここら辺の石垣は、復元だろう~な~
白石城001-2

大手門と三階櫓。
白石城001-3

大手一ノ門と大手二ノ門。
白石城002-1

三階櫓。
白石城002-2

同じく。
白石城002-3

同じく。
白石城002-4

大手二ノ門。
白石城003-1

本丸内から。
白石城003-2

三階櫓と大手二ノ門。
白石城003-3

本丸内から見た三階櫓。
白石城004-1

鐘楼だそうな。これは現存らしい。
白石城004-2
この後、東北本線に乗って、仙台城に向かう。

感想
写真で見た白石城は、できたばっかりという感じで好きになれなかったが、吾輩が行ったときは、いいぐあいに古くなっていて、景色になじんでいた。
この城も地震で被害を受けたらしい。
しかし、吾輩が行った頃には、すべて治っていた。
伊達家は、一国一城令の例外として、国境の城を持つことを許されたわけだが、予想外に立派な城であった。
片倉小十郎の権勢と国境を守る責任を感じた城であった。

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パノラマで見る白石城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (17) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (17) (歴史群像シリーズ)
(2005/05)
不明

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今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
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「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
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