タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第197弾『多賀城』     

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城郭シリーズ第197弾『多賀城』

例によって、仙台駅から国府多賀城駅までは、電車の本数が少なかった。
というわけで、時間をかけて、国府多賀城駅に到着する。

多賀城(たがじょう、たがのき)は、日本の律令時代に、陸奥国に設置された城である。
宮城県多賀城市市川字城前ほかに位置し、陸奥国府や鎮守府として機能した。

歴史
724年、創建。
762年に、藤原朝狩によって修繕されている。
780年に、伊治呰麻呂の乱で一時焼失した後に再建されたらしい。
802年に、坂上田村麻呂が蝦夷への討伐を行い、戦線の移動に伴って鎮守府も胆沢城へ移されて、兵站的機能に移ったと考えられるそうな。
869年に、陸奥国で巨大地震(貞観地震)が起こり、多賀城でも多くの施設が被害を受けた。
この後復興していったが10世紀後半頃には維持、管理されなくなり、多賀城は次第に崩壊していった。
11世紀後半の前九年の役や後三年の役においても軍事的拠点として機能し、1097年にも陸奥国府が焼失している。
南北朝時代には、後醍醐天皇率いる建武政府において陸奥守に任じられた北畠顕家、父の北畠親房らが義良親王(後村上天皇)を奉じて多賀城へ赴き、多賀城に東北地方、および北関東を支配する東北地方の新政府、陸奥将軍府が誕生した。

多賀城スタンプゲット。これで74/100名城攻略達成と。。。ふ~っ
多賀城スタンプ

多賀城の地図。
多賀城地図

かつてはこうであったと。。。。
多賀城001-1

地図中の①の場所。
外郭南門跡。
多賀城001-2

土塁っぽくなっているところが、外郭の版築土塁があったところらしい。
多賀城001-3

これが有名な多賀城碑をおさめた小屋。
多賀城001-4

多賀城碑。
多賀城001-5

地図中の②の場所。
外郭南門から政庁までの大通りの跡。
多賀城002-1

政庁まえの階段。
多賀城002-2

地図中の①の場所。
かつての政庁。
多賀城003-1

政庁の版築土塁跡。
多賀城003-2

政庁跡。
多賀城003-3
この後、盛岡に向かい、一泊する。

感想
まあ、残っているものは、建物の礎石と多賀城碑ぐらいかなあ。
多賀城碑を見て、政庁跡を見れば十分だと思う。
あくまでも、政庁であって、城ではなかったと思う。
古代ロマンを感じられれば良いのではないかと思う。

関連記事
パノラマで見る多賀城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
古代東北統治の拠点・多賀城 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)古代東北統治の拠点・多賀城 (シリーズ「遺跡を学ぶ」)
(2010/02)
進藤 秋輝

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