タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第198弾『志波城』     

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城郭シリーズ第198弾『志波城』

盛岡駅の近くのホテルに一泊し、7月10日(水)、朝からレンタサイクルに乗って、志波城(しわじょう)に向かう。
吾輩、最近まで、この城の存在をまったく知らなかった。
盛岡城について調べていると、近くにあるということなので、ついでに行こうということになったのである。

志波城(しわじょう,しわのき)は、岩手県盛岡市の西の郊外、現在の中太田・下太田にまたがる地域にあった古代城柵。
別名、斯波城とも。

歴史
803年に、征夷大将軍・坂上田村麻呂が造営した。
これにより、朝廷は律令制の支配を北上川北部にまで及ぼすことが可能となった。
志波城は、陸奥国最北の城柵であり、その平面規模は最大級であり、事実上は朝廷の文武支配が及ぶ最前線基地としての機能を担ったと考えられる。
志波城は、雫石川氾濫による水害のため北辺部分を失っており、後に徳丹城が造営されることでその機能を移転し、約10年で役割を終えた。

多賀城よりは、城という感じである。
しかし、盛岡の人々は、なぜに盛岡城を復元せずに、こちらを復元したんだろうか。

志波城地図。
志波城地図

外郭南門。
志波城001-1

同じく。
志波城001-2

同じく。
志波城001-3

櫓が建っている。
本当にこんな感じであったのだろうか。
志波城001-4

内部より櫓と南門。
志波城001-5

南東官衙。
志波城002-1

政庁南門。
志波城002-2

同じく。
志波城002-3

政庁の西門だったと思う。
志波城002-4
この後、盛岡城攻略に向かう。

感想
志波城は、全国の人に知れず、ひっそりと建っていた。
なぜに、盛岡城ではなく、マイナーな志波城を復元したんだろか。
観光目的であるならば、盛岡城なので、地域のシンボルとして復元したんだろか。
吾輩には、よくわからんが、けっこう楽しめた。
もっと宣伝すればいいのにと思った。

関連記事
パノラマで見る志波城
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
志波城・徳丹城跡―古代陸奥国北端の二城柵 (日本の遺跡)志波城・徳丹城跡―古代陸奥国北端の二城柵 (日本の遺跡)
(2008/10)
西野 修

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