タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第211弾『洲本城(その1)』     

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城郭シリーズ第211弾『洲本城(その1)』

鳴門大橋を通って淡路島の洲本城に行ってきた。
織田信長が四国征伐のための橋頭保として築いた城である。
淡路島は阿波藩の領地だったから、洲本城跡も阿波藩の管轄下にあったのだが、はっきり言って、徳島城より立派であった。

ちなみに、洲本城(すもとじょう)とは、、、、
現在の兵庫県洲本市にあった城。別名三熊城。

歴史
1526年に、三好氏の重臣・安宅治興が築城した。
治興の後は養子安宅冬康(三好長慶弟)、冬康死後は長男信康、二男清康へ受け継がれる。
1581年に、淡路討伐の際、総大将羽柴秀吉に降り、城は仙石秀久に与えられた。
しかし、秀久は九州征伐の際に軍律違反を犯して高野山へ追放され、かわって脇坂安治が城主となり、天守が造営されるとともに、石垣の大改修の際、倭城での経験から「登り石垣」が築かれた。
江戸時代になり、姫路城主池田輝政の三男忠雄が領主になった際に廃城となり、まず岩屋城、次に由良成山城に居城する。
大坂夏の陣の後、徳島藩の蜂須賀氏の所領となり、筆頭家老の稲田氏一族が由良城代となるが、交通の便が悪いなどの理由から1631年から1635年にかけて由良城を廃して洲本城跡に再び本拠を移した。

洲本城地図。
洲本城地図1

西の丸などを除いた地図。
洲本城地図2

地図中の①の場所。
大手門跡。
左側は、馬屋、月見台。
洲本城001-1

同じく。
洲本城001-2

同じく。
洲本城001-3

地図中の②の場所。
洲本城002-1

同じく。
洲本城002-2

地図中の③の場所。
名前は何だかわからんが、門の跡である。
洲本城003-1

南の丸隅櫓跡。
洲本城003-2

門の跡。
洲本城003-3
城郭シリーズ第212弾『洲本城(その2)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第211弾『洲本城(その1)』
城郭シリーズ第212弾『洲本城(その2)』
城郭シリーズ第213弾『洲本城(その3)』
城郭シリーズ第214弾『洲本城(その4)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
名城をゆく 第45号 12月14日発売 徳島城(徳島)/洲本名城をゆく 第45号 12月14日発売 徳島城(徳島)/洲本
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