タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第244弾『岸和田城(その1)』     

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城郭シリーズ第244弾『岸和田城(その1)』

岸和田城に行ってきた。
岸和田というと、大阪市に近いのかと思っていたが、梅田から50分くらいかかって、関東育ちの吾輩にとっては意外であった。

岸和田城とは、、、
大阪府岸和田市岸城町にあった城である。
別名、岸ノ和田城、滕城、蟄亀利城、千亀利城(ちきりじょう)。
江戸時代には岸和田藩の藩庁が置かれた。

歴史(例によってウィキから)
和泉国守護であった楠木正成が甥の和田高家を岸和田に派遣して岸和田古城を築かせた。
「岸」と呼ばれていた当地に和田氏が城を築いたことによって「岸の和田」と呼ばれ、「岸和田」へ変化したと言われている。
1408年に、細川頼長が和泉国の半守護となり岸和田城の城主となったようだ。
1500年に、細川元有が畠山尚順に攻められ岸和田城で討ち死にすると、守護代として松浦肥前守が城主になっていたと思われている。
松浦氏は三好政権の下でも和泉国における支配的な地位を確保し続けていたとみられているが、当時の当主であった松浦万満は幼少であり、三好政権は松浦万満の立場を認めつつもその後見を口実に岸和田城に兵を進めることになる。
1558年に、三好義賢、十河一存、安宅冬康の三好長慶の家来衆が城内にいたようだ。
1560年に、三好義賢が大規模な改修をし、十河一存、安宅冬康を総大将に2800兵を籠城させた。
1562年に、畠山高政との久米田の戦いで三好義賢が戦死すると、安宅冬康は岸和田城を退き代わって細川刑部が城主となった。
しかし、同年の教興寺の戦いで畠山高政が大敗すると、再び三好長慶軍が岸和田城を回復し、松浦肥前守虎が城主になったと思われている。
その後、松浦氏が天正始めまで城主としていたようだ。
1575年に、松浦家の家来であった寺田又右衛門、寺田安太夫兄弟が城主となったようである。
1576年に、織田信長が石山本願寺を攻めた(天王寺の戦い)。
1583年に、豊臣秀吉は、岸和田城を中村一氏の配下に置き、根来衆、雑賀衆、粉河衆などの一揆衆討伐を命じる。
1584年に、小牧・長久手の戦いの留守を狙って、根来衆、雑賀衆、粉河衆連合軍は総数3万兵が侵攻し岸和田城に攻城戦を仕掛けてきた。
これに対して豊臣方は、城兵8000兵で対抗した(岸和田合戦)。
1585年に、豊臣秀吉軍は根来衆、雑賀衆、粉河衆連合軍を追討するため、岸和田城に入城し、そこから貝塚の諸城を落城させ最後に積善寺城、沢城を開城させた(千石堀城の戦い、紀州征伐)。
その後豊臣秀吉は小出秀政を岸和田城の城主とした。
『岸城古今記』にはこの年から天守が築城され、1597年に竣工したと記されている。
1614年に、大坂冬の陣で松平信吉が城主となり、のちに北条氏重、その後は小出吉英、松平康重が城主となったようである。
その後、1632年に、伏見城が破却されると矢倉などが移築され城郭が強化された。
1631年に、高槻城より岡部宣勝が入城し、6万石の城主となった。
以後、岡部長職の時代まで岡部氏13代の居城となる。
1871年に、廃藩置県により岸和田城も廃城となる。

この城も持ち主の移り変わりが激しい城である。

岸和田城縄張り図。
岸和田城地図

こういう感じであったと。。。
岸和田城復元図

地図中の①の場所。
二の丸の石垣。
岸和田城001

地図中の②の場所。
岸和田城002

二の丸と本丸。
岸和田城003-1

地図中の③の場所。
本丸である。
岸和田城003-2

櫓。
岸和田城003-3

同じくそのへん。
岸和田城003-4

地図中の④の場所から見た本丸、復興天守閣。
岸和田城004-1

同じく。
岸和田城004-2
城郭シリーズ第245弾『岸和田城(その2)』に続く。

関連記事
城郭シリーズ第244弾『岸和田城(その1)』
城郭シリーズ第245弾『岸和田城(その2)』
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
日本の城 29号 (岸和田城) [分冊百科]日本の城 29号 (岸和田城) [分冊百科]
(2013/07/30)
不明

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