タヌキおやじの日々の生活 黒野耐「帝国陸軍の“改革と抵抗”」を読破!!     

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黒野耐「帝国陸軍の“改革と抵抗”」を読破!!

帝国陸軍の“改革と抵抗” (講談社現代新書)帝国陸軍の“改革と抵抗” (講談社現代新書)
(2006/09)
黒野 耐

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これが、なかなか良書であった。
著者の黒野氏は、陸自を陸将補で退官された方だそうな。
日本陸軍の建軍から太平洋戦争前までになされた三つの改革について書く。
坂の上の雲とかで、一見、明治の日本軍は多く書かれているようだが、実を言うと、西南戦争以後、日清戦争前までの日本軍は盲点であるように思った。
第一の改革の主導者は、桂太郎、川上操六、山県有朋であった。
司馬遼太郎が毛嫌いしているということで、どうもマイナスのイメージがある山県有朋だが、ここでは、桂太郎や川上操六に陸軍改革をなさしめたということで、比較的、プラスの評価をしているように感じた。
ただ、やはり問題であったのは、統帥権の独立と参謀が暴走する下地を作ったということであるらしい。
統帥権の独立は、当時、さかんであった自由民権運動に対する警戒感が、山県をして陸軍に力を保持させようとした結果のものだったらしい。
著者も、政戦の不一致を招いたとして批判している。
また、参謀が独走する下地を作ったのは、当時は、改革に反対する勢力が戊辰戦争で活躍した第一線の将星たちであったので、それを抑えるためであったとする。
なるほどという感じである。

内容の紹介(カバーより引用)
『陸軍「三大改革」から読みとる教訓
こうした改革の本質的問題を考えるうえでの格好の素材を、日本陸軍八十年の歴史のなかの三つの改革に見ることができる。
第一は、明治中期に行われた桂太郎の陸軍改革である。
第二は、大正後半に行われた宇垣一成の軍制改革である。
第三は昭和初期の革新運動とそれにつづく石原莞爾の参謀本部改革である。
―――本文より』

目次
はじめに
第1章 陸軍の創設
 1 治安維持軍の建設
 2 山形の陸軍掌握と国防軍への脱皮
第2章 桂太郎の陸軍改革―――明治期の改革
 1 対立する国防像
 2 陸軍改革の始動
 3 第一の衝突―――統合参謀本部をめぐる攻防
 4 第二の衝突―――陸軍紛議
 5 最後の衝突―――月曜会事件
 6 陸軍改革の完成
第3章 宇垣一成の軍制改革―――大正期の改革
 1 第一次世界大戦の衝撃
 2 軍制改革への反動
 3 軍制改革の断行と衝突
 4 軍制改革の頓挫
第4章 石原莞爾の参謀本部改革―――昭和期の改革
 1 陸軍内の改革運動
 2 革新という名の保革対立
 3 陸軍による政治支配
 4 石原莞爾の改革と挫折

西南戦争から日清戦争の間に、日本陸軍は、国土防衛軍から外征軍にその性質を変えたのであるが、その改革を行ったのが、桂太郎、川上操六、山県有朋たちであった。
そして、それに反対して、国土防衛軍的な役割にとどめようとした反対勢力が、当然存在した。
その反対勢力は、三浦梧楼、谷干城・鳥尾小弥太、曾我祐準らであった。
彼らは、戊辰戦争で活躍した第一線の将星たちであった。
ここら辺の事情を書いた本は、吾輩初めて読んだので、非常に面白かった。
彼らの勢力争いを非常に詳細に書いている。
また、当初、兵部省の下に一緒にあった陸軍と海軍をわけて、陸軍省と海軍省とにしたのも、山県有朋であった。
当時は、海軍が弱体であったので、日本軍の外征軍化を目指す山県が、陸軍から力を行使されてその発展を妨げないようにしたという事情らしい。
このことは、のちの海軍と陸軍のいがみ合いに言うまでもない。
ただ、一時期、海軍と陸軍の統合参謀本部的なものが、設立されたことはあったらしい。
海軍の川村純義と黒岡帯刀の発案だったらしい。
しかし、この統合参謀本部は、陸軍の反対によって、解体されてしまった。
太平洋戦争で、陸軍海軍が統一した行動をとれなかったことを考えると、非常に残念なことであったというしかない。
しかし、第一の改革は、のちにいろいろな禍根を残したけれども、一応の成功を収めたといえるであろう。
そして、第二の改革は、第一次世界大戦後に、宇垣一成によってなされたが、失敗した。
宇垣の改革は、師団数を減らして浮いた費用で、第一次世界大戦で新しく登場した兵器や砲兵火力の増強を図ろうというものであった。
師団数を減らすということは、士官たちの上のポストが減るということなので、陸軍軍人たちの反対を受けた。
また、宇垣の人柄が非常に傲慢だったということもあって、挫折したのであった。
宇垣の人格云々はともかくとして、その方向性は、きわめて正しかったといえるであろう。
選択と集中というのは、リストラにおいて、昔も今も、原則変わらない。
それから、第三の改革であるが、これは、はじめ、永田鉄山によって、あとは、石原莞爾によって、なされようとしたが、永田は惨殺され、石原はとばされて失敗に終わる。
第二の改革も、第三も総力戦に対応した軍備にしようとするものであった。
本書を読む限り、総力戦というものが、わかる人にはわかっていたということがわかる。
ただし、陸軍全体というか、日本全体としては、総力戦ってなにかわかってなかったのではないかと思う。
第三の改革になると、中堅将校の下剋上が始まる。
ここらへんは、今の日本の現状とほとんど同じであると考えられる。
たぶんおそらく、日本の文化と教育制度に根ざすものと思われる。
改革に失敗した日本陸軍は太平洋戦争の敗戦に突き進んでいくのだが、改革が叫ばれる今現在、読んでおくべき本と思う。

自分の評価
★★★★☆75点

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