タヌキおやじの日々の生活 城郭シリーズ第247弾『安芸城(その1)』     

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

城郭シリーズ第247弾『安芸城(その1)』

愛車を駆って、はるばる高知県安芸市にある安芸城を攻略してきた。
ちなみに、安芸城(あきじょう)とは、高知県安芸市土居に存在した平山城。
江戸時代には土佐藩山内家家老の五藤氏が居住し安芸(安喜)土居として存続した。
そうな。
別名、安芸(安喜)土居であり、梯郭式平山城である。

歴史
1309年に、安芸親氏がこの地に城を構えたと伝えられている。
以後、安芸氏の居城となった。
安芸国虎の時代になり、西部に隣接する長宗我部元親との対立が繰り返され、元親の居城である岡豊城をしばしば攻撃した。
1569年に、国虎は、土佐国西部を支配する一条兼定と結び、長宗我部氏討伐の合戦を起こした。
しかし、総崩れとなり逆に安芸城を攻められる結果となり、24日間の篭城の末、落城した。
その後、元親の弟香宗我部親泰が安芸城に入城し、阿波進攻の拠点となった。
長宗我部氏は「安芸」を「安喜」と改め、明治時代初期までこの字が当てられた。
元親の死後、家督を継いだ長宗我部盛親は関ヶ原の戦いにおいて西軍に所属したため改易となった。
江戸時代になり山内氏が土佐一国を与えられると、重臣の五藤為重を安喜郡周辺に配した。
為重は居留地として安喜城を選んだが、1615年に、一国一城令により城ではなく「土居」と称した。
既に存在していた内堀と土塁の内側に屋敷を構え、石垣を築いて枡形と櫓門を整備し、土塁の上に塀を築くなどの改修を行った。
以後、明治時代に至るまで「安芸(安喜)土居」として五藤氏が居住した。
土居の周囲には家臣団の武家屋敷が整えられ、現在も土居廓中として現存している。

まあ、安芸氏→長宗我部氏→山内氏の家臣、五藤氏と城主が変わったと。。。
博物館で見た限り、安芸市の歴史はかなり古いようだ。
ふるくは、弥生時代とか律令国家にさかのぼるみたいだ。

とりあえず、安芸城の地図。
安芸城 001

地図中の①の場所。
かつて、ここに門があったかどうかは定かではない。
安芸城 002-1

城東側の土塁。
安芸城 002-2

土塁の内側の石垣。
安芸城 002-3

同じく。
安芸城 002-4

地図中の②の場所。
城内側から見た桝形。
大手門にあたるのかと。。。
安芸城 003-1

正面から。
安芸城 003-2

斜め前から。
安芸城 003-3

桝形の直前から。
安芸城 003-4

地図中の③の場所。
上の方に石垣があるが、往時は櫓でも建っていたのだろうか。
安芸城 004-1
その2に続く。

関連記事
グーグルマップ上で見る日本の城郭

参考
よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)よみがえる日本の城 (13) (歴史群像シリーズ)
(2005/02)
不明

商品詳細を見る


百名城以外の城・砲台跡のインデックス
百名城以外インデックス

ポチっとお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tatsunootoshigo

Author:tatsunootoshigo
関東育ちの三十路親父です。
今は、関東に住んでいます。
現在、日本百名城攻略中!!
座右の銘は、
「はやきこと風の如く、
 静かなること林の如し、
 攻めること火の如く、
 動かざること山の如し」。
よろしくです。
コメント、トラックバック、相互リンク、大歓迎です。

サイト内検索

日本百名城のインデックス

百名城インデックスへ

百名城以外のインデックス

百名城以外インデックス

博物館などのインデックス

博物館などのインデックス

タヌキおやじの足跡

タヌキおやじの足跡

※本ブログにおける訪問した場所の記事とグーグルマップを関連付けたホームページです。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月別アーカイブ

ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 その他趣味ブログへ blogram投票ボタン

広告・宣伝

whiteheights-banner3.jpg

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。