タヌキおやじの日々の生活 小林英夫『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』を読破!!     

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小林英夫『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』を読破!!

満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊 (平凡社新書)満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊 (平凡社新書)
(2005/09)
小林 英夫

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満鉄調査部とはなんぞやと。。。
満鉄調査部(まんてつちょうさぶ)とは、1907年に設立された南満州鉄道内の調査機関であった。
ちなみに、当時の日本は、中国の満州のあたりに植民地をもっていて、そこの鉄道会社である南満州鉄道が経営を行う上でさまざまな調査を行う必要があったのである。
この満鉄調査部は、南満州鉄道の経営だけでなく、日本の国策にも影響を及ぼし、当時の日本が生み出した最高のシンクタンクであったとも言われている。
そして、その満鉄調査部は、しだいに左翼から転向した知識人をも採用するようになり、マルクス主義的方法による社会調査・分析をおこなうようになった。
そのことが関東憲兵隊に問題視されるようなり、一斉検挙され(満鉄調査部事件)、その後、満鉄調査部は、事実上解体され、終戦を迎えることになる。

内容の紹介(カバーより引用)
『満鉄調査部は、ロシア革命から戦争期を通して、それぞれの時代に対応して調査活動の最前線に立ち、日本の国策決定に重要な役割を演じた。
満鉄の一機関に収まらなかった調査部とは一体いかなる組織だったのか?
調査部の面々は、戦後日本の中でどのように生きたのか?
「元祖シンクタンク」の四十年の軌跡を辿り、新史料を基に、「満鉄調査部事件」の真相を炙り出す。』

目次
はじめに―――「元祖シンクタンク」としての満鉄調査部
序章 満鉄調査部の誕生
第一章 調査機関とロシア革命
 1 初期・満鉄調査部の活動 2 ロシア革命と満鉄調査部
第二章 国益と社益の間で
 1 採算と社業重視の調査活動 2 満州事変後の満鉄調査部 3 五ヶ年計画の立案
第三章 満鉄調査部と日中戦争
 1 華北分離工作 2 日中戦争下の大調査部
第四章 満鉄調査部事件の真相
 1 「満鉄マルクス主義」の形成と展開 2 関東憲兵隊と満鉄調査部事件 3 事件の真相
第五章 それぞれの戦後
おわりに

吾輩、理系の人間であったので、どうしても知り合いには、理系の人間が多く、おおよそシンクタンクに勤めるような人たちとは縁がないのだが、どういうようなことをしているかというのは非常に興味があるところである。
現在で有名なシンクタンクと言えば、野村総研とかなのであろうか。
ちなみに、ウィキペディアによると、シンクタンク(英語: think tank)とは、諸分野に関する政策立案・政策提言を主たる業務とする研究機関だそうな。
まあ、満鉄調査部の仕事にもいろいろあったみたいだ。
大豆輸出に際しての大豆の規格化の問題を解決したり、満州物産調査をしたり、農村実態調査をしたり、満州事変に際して軍部に協力したり、満州経済年報を発行したりと。。。。
中でも特筆すべきなのは、シナ交戦力調査である。
当時は、日中戦争のさなかであったので、満鉄調査部が日中戦争で日本が勝てるかどうかを調査したわけである。
結果は、日本が負けることはないが、勝つこともないというものであった。
この調査結果を受けて、日中戦争を終わらせるという動きもあったらしい。
しかし、やはりその他大勢の軍人たちに戦争続行に押し切られた。
また、南進論にも利用された。
ここらへんは、総力戦研究所が、対米戦争で必敗を予測しながら東条英機などが開戦に踏み切ったのと同じだと感じる。
現在に至るまで同じことの繰り返しだが、日本人全般に論理的思考とか科学的思考とかが薄弱であることが言えると思う。
要するに、情報部とか調査部とかがインフォメーションを集めてきて、インテリジェンスにするわけだが、そのインテリジェンスに基づいて論理的、客観的に判断を下すのではなくて、インテリジェンスを無視して感情的、主観的に判断を下す傾向が強いと。。。
それから、満鉄調査部の終焉となった満鉄調査部事件の背景には、日本内地で活動の場を失った左翼からの転向者が多数就職していたことがある。
彼らは、内地ではもはや不可能となったマルクス主義的方法による社会調査・分析に従事しており、そのことが関東軍の憲兵隊を中心とする満州国治安当局からの監視の目を強めさせることになったそうな(ウィキより)。
まあ、ソ連の崩壊により共産主義よりは資本主義の方がましだということが判明したわけであるが、吾輩が思うに、限定的な条件下では、計画経済のようなものが非常に効果を発揮する場合もあると思うのである。
例えば、ソ連ができた直後の五ヶ年計画とか、ナチスドイツの国家社会主義経済とか、太平洋戦争後の日本の復興のための計画とかである。
まあ、国を復興させたり、発展途上国が国を発展させる始めには、非常に有効なのではなかろうかと主観的に感じているわけである。
ただ、計画経済的なものが常態化してしまうと、どうなるかはソ連崩壊を見ると自明である。
話は戻るが、当時の日本は、マルクス主義的方法による社会調査・分析をも禁止していた。
このことは、太平洋戦争下で英語の使用や勉強を禁止したのと同じではないかと思う。
ただ、敵の使っている言語、手法であるから、自分たちは使ってはならないというのは、非常に稚拙としか言わざるを得ない。
まあ、具体的に、満鉄調査部がどのような成果をあげたのか、少しわかりづらいところもあったが、戦前日本に興味のある人は読む価値はある本なのではなかろうかと思う。

自分の評価
★★★☆☆60点

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関東育ちの三十路親父です。
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